第8話 約束

 「そろそろ、遅いけど大丈夫?家は近いの?」

「私は5つ先の駅を降りて歩いて10分、15分くらいかな、そんなに遠くないわ。貴方はどこかしら?」

「俺は都外だよ。」

「ええっ?じゃあ遠いわね。ごめんなさい」

「俺は男だし大丈夫だよ」

「大学がそっちのほうだったの?」

「ん?違うけど、車があるから駐車場の事を考えたら遠くになってしまったんだ」

「車?素敵ね」

「えっ?山下さんも車とかあったでしょう?」

「あの人は

”地下鉄や電車がバス網の目のように走ってるこの都会で車なんか必要ないさ”

と言って免許も持っていなかったのよ」

「あっそうだよね…」

確かに、都会で住むには、車はさほど必要ない。家賃と駐車料金、更に維持費を考えれば、もっと都心に近い部屋を借りれただろう。しかも、家賃を削るため、俺の部屋はロフト着きのワンルームでキッチンもほとんど無く(あまり必要ないが…)狭い。俺はちょっとズキッときた。

「でもね、本当の理由は違うのよ」

君はイタズラっぽい顔で笑う

「本当の理由?」

「そう、これは、別れてから愛花ちゃんが教えてくれたんだけど、彼は家にも外車とか高級車があるし、当然、免許は取るつもりで教習所へ行ったのよ。そこで

”僕は小学生の頃、レーシングカートが得意でね、いつもレースとかすると一番だったから、運転なんてちょろいもんさ。ストレートで受かるね!”

なんて豪語してたらしいの、それで、いざ実習になって車の運転になったら、シートベルトして教員の言う事も聞かず、突然走りだしたらしいの。後ろに…そして、見事に後ろに止まってた教習車に

”ドカン!”

て激突したらしいわ」

「うそ!マジ?」

「それでね。後ろに乗ってた生徒はびっくりして、泣きだすし、怪我は無かったけど、むち打ちになったらいけないと救急車で運ばれるし、大騒ぎになったらしいの。一緒に乗ってた教員も責任を取らされる事になり、かなり迷惑だと誰かに言いふらす始末だし、みんなからは、ニヤニヤ笑われるし、大恥かいたらしくて、それから教習所には行かなくなってしまったんですって」

「あはは、それはもう、トラウマもんだね」

「彼の事だから、相当でしょうね」

「まあ、ウチも貧乏だっから、車とは無縁ね」

「俺は…田舎で、電車は日に朝と夕方来る単線しかなかった。バスもない。ちっちゃい頃から、家に車無しは有り得なくて…小学校の通学も遠くて、中学は自転車。周りは田畑ばかり、夏は熱い!冬は寒い!雨が降るとずぶ濡れ!」

鼻息荒く語る俺を見て君は

”クスクス”笑う

「そんでそんな時、横にププーって通り過ぎてく、車がめちゃくちゃ羨ましくて、

”大人になったら、免許を取って絶対に車に買う!”

てっ決めてた」

「うふふ、でも、その気持ちは、私にもちょっとわかるわ!前に愛花ちゃんと海に行ったの、在来線を使ってね。ふたりで

”うみだ〜うみだ〜”

って張り切って、なるべく荷物を増やさないよう、割り切ってレンタルできるものは、レンタルをして、荷物を軽くしようとしたけど、

”やっぱり、浮き輪は自前で可愛いのがいいよね〜”

”日焼け止めも持たなくちゃ!”

”お弁当も持ってく?”

ってハイテンションで荷物がどんどん増えちゃって、行きはワクワクで元気もあるし良かったのよ。それで、一日中海ではしゃいで遊んで、そしたら帰りは地獄ね…」

「あは…だろうね」

「うん、既に筋肉痛にはなってるし、荷物は水着やらタオルは脱水しても水を吸って行きより重くなってるし、疲労と重さでふたりでふぅーふぅーいいながら歩いてると、車がサーサー横を走り抜けてくの

”あの人達、あのまま家に帰り着くのよね、羨ましい〜!私、彼氏は絶対、免許と車持ちにするわぁ!”

って愛花ちゃんが絶叫してたわ。」

「アハハ、それは災難だったね。じゃあさ、今度の休みに車で出かけない?そうだな海に!俺、海釣りにも時々行くし、もう、泳ぐには時期が遅いけど昼はまだ暑いくらいだから」

思わず誘ってしまった!

「えっ?いいの?」

「いいよ。おやすい御用だ。」

「次の休みって、明後日の土曜日ね」

「うん」

「あなたの家の近くまで、電車で行くわ」

「いや、せっかくだから迎えに行くよ。君の家の最寄りの駅でいい?」

「ほんと!じゃあ、お言葉に甘えちゃお」

待ち合わせの時間は午前9時、互いのLINEナンバーを交換し、待ち合わせ場所は駅のロータリーそして、その日は解散となった。


帰りの電車で、君から

「家に着いたわ」

と知らせがあった。俺はそれをニヤニヤして見ながら、アパートに着いた。そして、こちらからも

「こちらも無事到着」

の知らせを送った。

「おつかれさま〜今日はありがとう。お休みなさい」

と返信があった。俺はテンション上がりすぎで眠れないかと思ったが、アルコールが入ってるせいか、シャワーを浴びて横になると眠っていた。

 

 次の日、目覚めても昨日の事が夢のようで、改めて携帯を確認してみた。

「おつかれさま〜今日はありがとう…」

入ってる!夢じゃない!

俺は着替えていつもより、長めに鏡の前にむかい。そして、浮き足立って会社へと向かった。


会社に着く、いつも早いのでほとんど人はいない。

そして、君が来る。鼓動が

”ドクドク…”

と騒がしくなってきた。

「おはようございます」

君がいつもの様に挨拶をする。

「おはようございます」

俺もいつもの様に返す。

ベルが鳴り、何事もなかったように仕事を始めるが、つい、心は昨日。そして、明日の事を考えてしまう。

段々と

”やっぱり夢だったんじゃないか?そんなに上手く行くはずない”

”いや、夢ではない!LINEものこってるし…”

”だけど、酒の勢いって事もある。もしかして、約束した事を後悔してるかもしれない…”

”約束した事すら忘れてるかも…”

”LINEで聞いてみようか?でも、後悔して、忘れた振りをしてるなら、かえって悪い”

どんどん、ネガティブになっていく、

”俺にそんな、いい話が巡ってくる訳ないし、君は覚えていても、忘れた振りをしてるかも…俺も忘れた振りをしよう。まぁ、つかの間の夢を見たと思って諦めよう”

と昼前には、完全に意気消沈していた。


そして、昼休み直前、君から机越しにメモをすっと渡された。

「昨日の約束、おぼえてる?」

と書いてある!

俺のヒートダウンしたテンションは一気に跳ね上がり、すぐにそのメモに

「もちろん!!」

と書いて返した。

君はそれを見て、ニコリとして俺を見た。と同時にベルが鳴る。君はそのメモを机に仕舞う。愛花ちゃんが

「葉菜〜ごはん〜」

といつもの様に誘いにきた。

「はーい」

そして、去っていった。

 

 俺は興奮冷めやらずで、弁当を出すもの、喉にとおりそうにない。

”ちゃんと、食べなきゃ!スタミナ切れなんて最悪だ”

そう、思い、コンビニ弁当をかっこんだ。

”まずは、洗車だな!釣りに行ったり、実家に行ったりであまり、綺麗でない。汚い車なんか君を乗せられない!”


午後はとにかく、今日は定時に帰ろうと仕事に集中した。時折は君の事が気になるが、明日の事を考えて、無心で仕事に集中するようにした。それでなくても午前中、モヤモヤ余計な事を考えて、仕事が遅れてる。


定時になる。彼女も定時上がりだったが、気恥しくて、慌てて走って駅に向かって行った。

そして、家に帰り。

まず、ガソリンスタンドで給油と点検をしてもらう。点検も基礎知識はあるが、途中でトラブったら大変だ!やはりここは、プロにやってもらう事にした。

そして、洗車も洗車機があるが、やはり汚れが残るので却下。

俺は少し遠くにある。洗車場へ行って、車内に掃除機をかけ、洗車し、隅から隅まで手拭きで汚れを拭きとり、汗だくでワックスもバッチリ塗り車をピカピカにし、満足して家に帰る。

流石に疲れた…

家に帰り汗だくの体をシャワーで流し、夜飯はレトルトのカレーを食べ、酒は飲まないようにした。

”明日、寝坊したらたいへんだ”

もう、今日は寝ようと、ベッドに潜り込んだ。そして、ふと気づいた

(あっ!服をどうしよう!)

俺は飛び起きてクローゼットを開けた。

(ろくな服がありゃしない!)

仕事はスーツで私服はオーソドックスな物しか置いてない。若い頃、イキって買ったシルバーアクセサリーとかはあるが、服は実家だ。

てか、そんな服、今更着れない!

あれやこれや、着てみてはクローゼットの鏡をみる。

散々迷って結局、比較的新しい、綿シャツにインT、ジーパンというオーソドックスな服になってしまった。部屋中に散らばった服を疲れた体でふうふう言いながらクローゼットにしまい。

また、ベッドに入る

(寝不足の顔なんて見せたくない)

そうは思うものの、やはり眠れない。子供の頃の遠足の前夜のように嫌、それ以上にワクワクしていた。

(車の中で何を喋ろう…つまらない男だと思われたくないしな…)

(服はあれで良かったかなぁ。買いに行く暇もなかったし、仕方ないか…)

など考えていたら、いつの間にかウトウトし、寝ていた。ふと、目を覚ますと部屋が明るい。

(!!!)

俺は飛び起きて、時計を見る。まだ5時ちょっと過ぎだった。充分時間はある。

起きて、またシャワーを浴び、準備をした。支度を終えると何もする事がない。まんじりともせず、時計を見ていた、

(再度、車の点検をしてから、出かけよう)

落ち着かない俺は、車に行き、また隅から隅まで、チェックした。

道は大体、解ってるが迷ったりしたら大変だ!ナビもセットした。少し早いが部屋にいても気が揉めるだけなので、出発した。