第45話 一緒に
「あの日の事は、今でもはっきり覚えてる…嬉しくて嬉しくて、どうしたらいいのか解らないくらいドキドキして…」
波音が静かに響く。
「時が流れて…いろんな事がたくさんあって…忘れてしまった事もたくさんあるわ。だけど、あの日の事は、ずっと覚えてる…」
葉菜は、まばたきを忘れるかのように海を見つめ
「あの日と変わらない海…。まるで時間が経ってないみたい……でも、でも、もう貴方はいない…約束したのに…」
葉菜の目から大粒の涙が溢れてきた。
「涼ちゃん…涼ちゃん……もう…いないのね」
葉菜は力を無くして泣きながら地面に座り込んだ。溢れ出した涙が乾いた砂にポトポト落ちては広がって、消えていく。その姿に大樹が駆け寄ろうとしたが、哲が止めて首を横にふった。
葉菜は、大声で泣き始めた。海と月の光がそれを吸い込んでいく。
大樹は、いつも気丈で頑張っている母親のこんな姿を初めて見て戸惑っていた。
暫くすると哲が葉菜の側に行った。
「大丈夫か?」
「うん…うん…大丈夫。」
涙を拭いながら葉菜は哲が差し出された手を掴み立ち上がる。
「哲ちゃん…」
「うん?」
「こんな…こんな…私だけど…。貴方と一緒にいたいと思っては、いけないかしら…」
哲は暫く黙って、海を見つめて葉菜の顔を見た
「葉菜ちゃん、俺達の誕生日を覚えてる?」
「8月3日の…」
「そう、午前2時20分にアイツが生まれて、俺が午前2時52分に生まれてきた」
「それで、喧嘩してたよね」
「そう…俺がこの世に生まれた時には、もうアイツはこの世界に居て、そして、あの日にいなくなるまでは、俺の人生にはいつも涼平がいた。それから居なくなって……32分なんて時間は、あっという間に越して来てしまったけど…でも…それまでは遊んだり、怒られたり、心配したり…時には兄貴、時には弟みたいに…大事な俺の家族だった」
哲は泣きそうになるのを堪えて続けた。
「男と女だから、想いの深さとか形とか違うだろうけど、アイツを涼平を、忘れないのは俺も同じだよ」
「うん…」
「だから、葉菜ちゃん。これからは、アイツが生きて見る事の出来なかった未来を知る事のなかった未来を一緒に生きていかないか?」
葉菜を見つめて話した。すると、後ろから
「それって、哲ちゃんが僕のパパになるって言う事?」
葉菜と哲がその声に驚いて振り向く
「僕のパパはひとりだよ」
「あっ…そうだ…大樹!ごめん。まだ、そう決めた訳じゃないし…その…お前の気持ちもあるし、無視してて悪い」
慌てて哲が駆け寄る。その姿を見て大樹は、ちょっとイタズラっぽい表情を浮かべる。
「僕さ、ちっちゃい頃、不思議に思ってた事があるんだ」
「なっなんだ!突然?」
「友達はさ父親が、ひとりしかいないんだ」
「そっそんなの当たり前だろ!何を言ってんだ?」
「だけどさ、僕にはママに怒られると笑って庇ってくれる優しいパパ。外で走ったり、釣りをしたりして遊んでくれる哲ちゃんと二人いるんだと思ってた。大きくなるにつれて、さすがに解ったけどね」
「だから、何なんだよ?」
「だからさ、哲ちゃんはイメージ的にもパパじゃなくて、父さんか親父だね!」
「意味わからねぇ」
「まぁ、僕もこれでお役目御免になるし、助かるよ」
「はぁ?」
「だって、拓兄が
”お前んとこの、母さんと哲おじちゃん、どうなってんだよぉ?お前が何とかしろよ!”
って、いつも言われんだよ」
「拓兄って!健のとこの!」
「そそ、健おじちゃんも御用聞きに行くと、村の人に言われるし、うちの家族もみーんな、僕に言ってくるんだよ!でも、僕に
”オトナノレンアイ”
なんてわかんないし、困ってたんだ。あーーこれで、やっと何も言われなくなる」
「なっ!なっ!なんだと、回りくどい言い方をしやがって!まるで、アイツみたいだ!」
「アイツって、パパ?」
「そうだ!」
「あったりまえじゃん!僕、パパの子だよ」
「うぬぬぬ!その態度ほんとにそっくりだな!大樹!勝負だ!」
「いいよ、受けて立つ!じゃあ、ジャンケンね」
「じゃ…ジャンケン?なんでジャンケンなんだよ!てか!お前!最近、やけに俺とジャンケンすると勝ってないか!」
「ふふーん!
大樹は、得意げな顔で哲を見る。
「何、何!もしかして、大樹にも解るの?」
葉菜が大樹に駆け寄る。
「えっ?ママは、まだ解んないの?」
「解らないのよ。ねぇ大樹、教えて」
「駄目だよママ。それはズルだよ。自分で頑張ってよ」
哲と葉菜は、顔を見合わせて微笑む。
「どうしたんだよ?」
「何でもない。こんな広い砂浜に来てジャンケンなんてセコい事しないで、大樹!駆けっこするぞ!」
「オッケー!それでもいいよ!僕も部活で鍛えてるから、昔みたいに手加減なんてしなくていいぜ」
「このぉー!葉菜ちゃん!スタートの合図を頼む」
「わかったわ!」
哲と大樹が位置につく。