第40話 五年の歳月

そして、五年の歳月が経った。俺は葉菜の奇跡で、入退院を繰り返しながらも、医者も驚くほどの生命力で生きながらえていた。


生まれた子供は男の子だった。名前は生まれる前から性別を聞いて、散々考えた挙句


『大樹(たいき)』


と名付けた。太く逞しく大きな樹のように健康で元気に育って欲しいと言う願いを込めた。


ひ孫に会いに、近藤と奥瀬の人たちもやってきて、大喜びだった。俺に激励をして帰って行った。


五年の間に、ばあちゃんが先に逝った。


「茂樹、病気を治して長生きするんだよ」


と叔父と俺を混同するように声をかけ、眠りについた。


その間にも、確実に病魔は俺を蝕んでいったが、俺は息子と、散歩したり、外で遊んだり、できるだけ相手をしていた。俺を覚えていてくれるように…


哲や家族が常に俺や葉菜を助けてくれた。葉菜は、介護士の資格を取り、仕事も始めた。ずっと俺についていたい気持ちもあるだろうが、先を考え、頑張っていた。


そして、俺は一日の大半を床に伏す日々になっていた。大樹はいたずら盛りの五歳になっていた。


「キャー、大樹!何て事!してくれたのよぉ!」


玄関から葉菜の声が響く。大樹が走ってきて、俺の布団に潜り込む、俺の小さい頃にそっくりだ。


「何だ?また、何かやらかしたのか?」


俺が苦笑いで大樹に聞くとイタズラな顔で


「エヘヘ……あっ!シー」


と俺の胸に顔を埋めた。泣きたくなるくらい可愛いくて、ちっさくて、温かい俺の分身の鼓動が伝わってくる。俺は頭を撫でて見つめていた。


俺は大樹を怒った事がない。俺の笑った顔だけ覚えていて欲しかった。それを知っている大樹は、葉菜に怒られるとすぐ、俺の側に寄ってくる。暫くして、葉菜がやって来た。


「もお~大樹ったら、またパパのとこね!」


両手を腰に当てて、すっかり母親の貫禄だ。


「また、何かやらかしたの?」


「玄関の横の壁に、クレヨンで落書きしたのよ!」


「あはは」


「笑い事じゃないわよ。消すの大変だったんだからぁ!ほら、大樹!出てきなさい!」


「寝てるよ」


大樹は、俺の布団の中で、いつの間にか、すぅすぅ眠ってしまっていた。


「起きたらお仕置きよ!」


 


俺達は「今」を精一杯、大事にしてきた。悲しい涙は流さず、今、この瞬間を笑って過ごせるように。ある筈の無かった幸せをひとこま、ひとこま、残しておけるように、いつ死んでも悔いのないように…


それでも、夜、眠ろうとすると不安が俺を襲う時がある。


(このまま、眠ったら、もう目が覚めないんじゃないだろうか…)


そんな不安な俺の気持ちを葉菜は察するのか、側にやってくる。そして、俺の手をそっと握ると


「大丈夫よ。目が覚めた時も、ここにいるから」


そう言われると、俺は安心して君の手の温もりを感じながら眠りに落ちる。