第29話 納骨

今日は、昼まで時間がある。旅館をチェックアウトして、近くの観光地に行ってみた。

いつもの旅行ならあちこち見ては、はしゃいで喋ったりワイワイふたりで楽しく過ごすのにやはり、気が乗らないのか、ポツリポツリと会話し、気は落ち着かず旅行気分にはなれない。

早めの昼ごはんを済ませて、結局近藤の家に向かった。

「こんにちは」

「ああ、いらっしゃい、早かったね。どっかで遊んで来ても良かったのに」

「ええ、行ってはみたんですが、落ち着かなくて…」

「そうだね…それにしても今日は天気も良くてよかったよ」

「本当ですね。いい日和です」

「今日はここに泊まるんだよね?」

「はい、すいません…旅館もいっぱいで…よろしくお願いします」

「わかってるさねぇ。こっちが言い出したんだから謝ることないよ。彩の使ってた部屋がいいかなと思ってたんだけど…はなちゃんは?」

「是非、お願いします」

「そうかい!じゃあ準備して来るよ。一階の居間で待ってておくれ」

暫く待ってるとおばあちゃんが降りて来て

「掃除して窓を開けといたよ。布団も用意してあるから二人一緒の部屋でいいね?」

俺たちは照れながらも

「はい、いいです。ありがとうございます」

と答えた。

「じゃあ、二階に着いて来て」

そして、葉菜のお母さんの部屋に案内してくれた。

「時間もあるし、くつろいでて。お昼ご飯は?」

「大丈夫です。済ましてきました」

「そうかい、じゃあ私達は昼ごはんを食べて準備をするから、ここでゆっくり休んでて、あっ!いつでも下にきてくれていいからね」

そう言い残すとおばあちゃんは慌ただしく去って行った。

そして、葉菜の母親の部屋にふたりとなった。その部屋は彩さんが家出した当時と変わらずな様子だった。葉菜は辺りを見回した。

高校生らしい、勉強机、ベッド、壁に貼られたアイドルのポスター可愛らしいぬいぐるみ。ピンクやパステル調で女の子らしい部屋だった。

「何か、ママの部屋じゃないみたい…」

「まあ、今の部屋はシンプルだからね…」

「無駄な物は買えないし、置かないようにしてたものね、この部屋を捨ててまで、パパを選んだのね…」

「俺だって葉菜の為ならそうするよ」

葉菜を失うなんて事は今の俺には考えられなかった。葉菜と出会う前ならホームレスになってまで一緒になるなんて話を聞いたら酔狂だとまったく理解できなくて笑い飛ばしただろう。

でも、今の俺は同じ気持ちになれる。何を捨ててでも葉菜と一緒にいたい。葉菜はその言葉を聞いて俺を見て

「私もだわ」

そう言って俺に寄り添ってきた。俺は葉菜の肩を抱いた。

主人の居なくなった部屋の机の上で古いぬいぐるみが笑って見ていた。

そして、暫くして着替えて準備をして行くばかりになった。おばあちゃんが

「葉菜ちゃん、渡したい物があるんだ」

「はい?」

「これを…」

ちり綿生地の可愛い花柄ののピンクと紺の小さな二つの巾着袋だった。

「こっちが宏行君」と紺の袋

「こっちが彩」とピンクの袋

「遺骨をひとつづ入れといたよ」

と葉菜に差し出した。葉菜はそれを握りしめると

「おばあちゃん、ありがとう、ありがとう…」

思いっきり泣き出した。

「ここに来てからも来る度、帰る度に手を合わせてくれてて、ずっと大切にしてくてるのがわかったよ。何とか分骨できたらと思って作ったんだよ。気に入ってくれたかい?」

「はい…!はい…!本当にありがとうございます」

やっぱり、ちょっと寂しかった葉菜は、おばあちゃんに抱かれながら子供の様に泣いていた。

「良かった…さあ、そろそろ出かけましょう」

そして、少し早目だがお寺へと向かった。まずは、御住職に挨拶をし待機。その間に徹さんも来た。前と同じ様に控えめに挨拶して隅の方に座っていた。

そして、暫くすると何やら騒がしい…

「お袋ーいたよー!」

「何だよ、痛いじゃないか!離しておくれ!」

「すいません。手荒な事をして…母が見つけたら何としても連れてきてと言われたので」


(?!)


それは、奥瀬のおばあちゃんだった。地味な色の着物を着ていた。なつさんも一緒に居た。

「やっぱり来てたかい!来ると思ってたんだよ。あんたがあんなに大事にしてた息子だ。きっと近くまでは来るだろうと。祐一に探すように言っておいたんだよ」

奥瀬のおばあちゃんは、ふいっと横を向いた。

「もう、もう、いいじゃないか…許しておやりよ。葉菜ちゃん遺骨を…」

「はい」

葉菜は立って父の遺骨を抱くと奥瀬のおばあちゃんの所に行った。

「あんたの孫が、こぉんなに大きくなって、ちゃんと父親をここへ連れ帰ってくれたんだよ。もう許して見送ってあげなよ」

奥瀬のおばあちゃんは葉菜が持っている遺骨の箱を見て、ゆっくりと震える手で触れたかと思うと、予想もしてなかった言葉を発した

「あっあああ…宏行!宏くん。ごめんね!ごめんねぇ」

と遺骨を抱きしめ泣き崩れた。

(?!)

「どうして、あんたが謝るんだい?置き去りにされたのは、あんただろう?」

「違うよ。置き去りなんかしてないよ。宏行は私にも行こうと言ってくれたんだよ。

”何もかも捨てて、誰も知らない所で楽しく暮らそう…俺、頑張るから”

って言ってくれたんだよ」

「えぇ!」

一同、びっくりで固まった。

「でも、私は怖くてね。あの子の気持ちはわかるが、ずっと苦労知らずで育てられた私が何もわからない所で息子を頼って生きて行く自信がなかったんだよ。

返事をせずにいたら、あの子は行ってしまった…。情けない母親だよ!息子に自由も与えられず、一緒に行こうと言うのに着いてもいけず。私が着いて行けば、こんなに早く死なせずに済んだかもしれないのに!

宏くん、宏くん、お母さんを恨んでるだろうねぇ…許しておくれぇ!あぁぁ」

更に泣き崩れた。葉菜はその様子を見て

「あの…あの…パパは人を恨んでるとかそんな感じではなかったわ!いつも笑ってて仕事で疲れて帰って来ても

”はなちゃん!かわいい!かわいい!パパの宝物だよ!大好き大好き!ギュッ”

っていつも、私を抱きしめてくれてたわ。決して人を恨んでるとかそんなのはなかったと…」

「今!今!なんて…?!」

「…?かわいい!かわいいって…抱きしめ…」

「本当かい!」

「ええ」


「ひ〜ろ、ひろくんかわいい、かわいい、母さんの宝物だよ。だいすき、だいすき!」


ギューッ!


「母さん、苦しいよ!アハハハ”」


「はいはい」

                                                                

「あっあっかわいい、かわいい…って」

「えっ…ええ、いつも、そう言って…私はパパの記憶は少ないけど、それをハッキリ覚えています。決して人を恨んでるなんてなかった!」

「僕もそう思います」

「何故、あなたにわかるの?」

俺に聞いてきた。

「あの…ここの人達は、もしかして葉菜の本当の名前を知らないんじゃないかな?と…」

「えっ?はなじゃないのかい?」

「そう、はなです。でも、漢字は知らないんじゃないかって」

「僕も ”はな” と聞いただけで漢字があるとは聞かなかった」

徹さんが言った。

「先日、奥瀬の家の下駄箱の上に、あなた宛の手紙を見たんです。その時は、いろいろ必死で葉菜には言わなかったし、貴方の態度があまりにも冷めた感じだったので理由がわからなかった。

でも、近藤の家でいろいろ話を聞いて気づいたんです。

奥瀬 葉子さん。

葉菜の名前は漢字で書くと木の葉の葉に、菜の花の菜。

「葉」は貴方の名前から一字をもらってるんです。僕が思ったのは宏行さんは、自分が家出をして一番寂しい想いをさせるのは貴方だと知っていた。

もちろん近藤の家の人だって気持ちは同じだろうから漢字では伝えなかったんだと思います。でも、宏行さんも彩さんも一番寂しくなる貴方を想って自分達の子供に貴方の一文字を入れて、大事にする事がせめてもの罪滅ぼしなのか、恩返しなのか?僕にはわかりませんが、そう思ったのではないかと…」

「あっ…あっ…木の葉の葉……葉菜って」

そして、葉菜の顔を見ながら抱きしめ

「宏くん!ありがとう!ありがとう」

と叫んで号泣した。


あの日の憮然とした態度、なのに家に入れてくれたのは本当は一目、孫に…葉菜に会いたかったのであろう。やっとあの日の事が理解できた。そこへ

「ちょっと失礼してよろしいでしょうか?」

「御住職!」

振り向くと、そこに御住職が座っておられた。一同、座り直し頭を下げる。

「もう、お時間でしたか?大変、申し訳ありません」

「いえ、少しお話をしたくて参ったのですが、つい、耳に入ってお聞きしてしまいました。こちらこそ不躾な事をしてしまい大変失礼しました」

と丁寧に頭を下げた。

「いえ…そんな…あのお話しとは?」

「このお二人、宏行さんと彩さんが家を出る事を私も知っておりました」

「ええ!どうしてですか?」

近藤のおばあちゃんが息もできない様子で書き返す。

「私がまだ、住職見習いだった頃の話です。掃除をしている時に、このお二人とそこにおられる徹さんが三人で、家を出る相談をしているのをたびたび聞いてしまったんです」

「御住職が?知っていたのなら何故教えて、いやそれが出来なくても、せめて、止めてくれなかったのですか?」

おばあちゃんが少し責めるように言った。

「はい、私も迷いました。こんな年端もいかない若者が、何のあてもなく家を出るなんて。そして、時の御住職のご相談したのです。御住職は

”生きとし行ける者は皆、死へと向かって歩いている事はあなたもお解りでしょう”

”はい”

”この世の全ては常に変わって行きます。今日、生まれた子にも必ずや、いつか死が訪れましょう。その避けることの出来ない死までの間、どう生きるのかは、生まれた当人が選び、そして決めて生きて行くのです。いえ、それすら選べない者もおられるのです。

その、おふたりが貴方に直接に話して参ったのならご相談に乗ってもよろしいでしょう。しかし、そうでなく図らずも聞いてしまった話に口を出しても、それは凡夫の考え。仏に仕える私達も、どんなに修行を積んでも死して仏となるまでは凡夫の身。その凡夫の心で人の生き方をどう左右できましょう。

私たちが出来る事はただ仏に祈るのみです”

そう、おっしゃられて、私は気にしながらも祈り続けました。その内、前御住職の時に宏行さん。そして、私に変わってから彩さんが亡くなられた事をそこにいる徹さんから知らされました」

「徹くんが!」

徹さんは下を向いた。

「はい、そして読経をお願いされました。私は早く逝った二人を思い。どう暮らし?どう生きたのか?自分は間違ってなかったのか…?気にしながら、本日まで過ごしてまいりました。

しかし、今の話をお聞きし、そちらのおふたり。娘さんとお連れの方にお会いし、短いが幸福な人生を送られたと、ようやく知ることができ、安心しました。本日は納骨のお申し出を頂き大変に感謝しております。念ごろにご供養させていただきます」

と深々と頭を下げた。一同も同じく下げる。

「また、後に参ります。今暫くお待ち下さい」

そう言って去って行った。

「さあ、奥様。身なりをなおして、ご一緒に坊ちゃんのお見送りをさせてもらいましょう」

そう、なつさんが促して奥へと行った。そこへ、またもや

「あの…」

数人の人々、年齢的には 40代前後の人達だった。

「昨日、噂を聞いて徹君から聞いたんですが、私達、彩と宏行君の学生時代の友人で、あの…是非、お見送りの読経だけでも一緒にさせて貰いたくて、お願い出来ないでしょうか?」

近藤のおばあちゃんが

「ああ、あなた達かい、何度も聞きに行ったよね。彩も宏君も喜ぶよ。一緒に祈っておくれ」

すると、10人くらいだろうか、同じ年頃の男女が中へと入ってきた。

「他にも、この地を離れた人にも連絡しました。その内に、必ずお墓を参りに来ますと言ってました」

「ありがとう、ありがとう。あの子たちもきっと喜ぶよ」

暫くすると御住職が来られ、読経が始まった。そして、いよいよ納骨となった。


遺骨はふたりの母が持った方がいいと、それぞれの母親が手に、近藤家の墓に向かった。五月晴れの爽やかな天気だった。

お墓の前でまた、御住職が読経をし遺骨をお墓の中に散骨した。

そして二人が埋葬された墓に、ひとりひとり交代で手を合わせた。

もう、いない二人…。

「帰れないのよ」

と言った故郷。

ここはウチの田舎と違って職も探せばあるだろう、よしんば離れて暮らしても、家族、友人、思い出がいっぱいある、この地にいつでも帰れるならどんなに良かっただろう。

俺は自分の田舎を思い出した。帰れば馬鹿な事を言っては、やりたい放題。怒られたり、笑ったり、安心する場所。

”帰れない…”

自分達で決めた事とは言え、きっと寂しかっただろうなと思うと涙が出そうで仕方なかった。

しかし俺は、ここでただひとり泣いてはいけない人間だと思って、ずっと堪え続けてきた。むしろ感謝しなければと…俺が葉菜と出会い、こうして幸せにいられるのも、この人達の長い、長い悲しい想いがあっての事だ。その苦しみを思ったら、俺は泣いてはいけない!絶対に!そう思い続けていた。そして、涙が落ちないように空を見上げると

”ぽつり…ぽつり…”

と雨が降ってきた。

(天気雨…?)

葉菜が涙と雨に濡れた顔で振り向いて

「パパとママの嬉し涙かしら」

「そうかもしれないね…」

その時、ふわっと優しい風が吹き、どこからか

『ありがとう…』

と言う男女の声が聞こえたような気がした。

(気のせいかな…)

そう思いながら、葉菜を見ると葉菜も不思議そうな顔をして俺を見ていた。

何も言わなくていい…ただ葉菜の頭をそっと撫でた。

その後、お寺の前で解散する事になった。

奥瀬のおばあちゃんが葉菜のそばに来て

「この間は、ごめんなさい」

と謝ってきた。

「いえ、いろいろあったんですから、それにおばあちゃんが謝ることは何もないわ」

「おばあちゃん…おばあちゃんと呼んでくれるかい!」

「はい、パパのお母さんなら私のおばあちゃんで…」

「ああ、ありがとう。嬉しい言葉だねぇ」

そう言って葉菜の手を握っていた。

「そっそれで、貴方たちはもう、帰るのかい?」

「今日はママの家に泊まらせていただきます」

「そうかい…あの…」

言葉を濁らせる。葉菜は何かわからず、キョトンとしている

「葉菜、話が聞きたいんじゃないか?パパの事」

「ああ」

葉菜は笑った。

「明日の午前中に、またお伺いさせてもらっていいですか?私もお話ししたいです」

「本当にかい!」

「僕も一緒に伺います」

「ありがとう。ありがとう。待ってるよ」

「はい、それでは明日」

「私らも、たくさん話を聞いた。また、これからも色々と仲良くしておくれ」

と近藤のおばあちゃんが、奥瀬のおばあちゃんに話しかけていた。

「はい、こちらこそお願いします」

なつさんも頭を下げた。

そして、それぞれの家へと帰った。