第17話 押しかけ女房と同じ日に生まれたふたり

「すみねぇはさ、年も俺らよりいっこ上でガキの頃は考兄より俺らとの方が仲が良かったんだ」

「あっそうなんだ?だからあんなに、仲良しって言うか、言いたい放題っていうか…」

「まあ、この村じゃ、子供が少ないから男も女も、みんな混じって遊ぶんだ。すみねぇもしょっちゅう、かくれんぼとか鬼ごっことかして遊んでたんだけど、他の女子とかは大体が中学にあがると、それぞれ、同性の友達とかできたり、部活とかで段々と離れてくんだよ」

「なんだか、わかる気がするわ」

「そう!なのに、すみねぇはやたらと何だかんだ言って理由を作ってはこの家にくるんだよ。”涼、勉強は大丈夫?”とか”漫画を貸して”とか…」

「ああ!それって!」

「そう!今だから理由はわかるだろ?でも、そん時はわからないから、なんでだろう?ってだんだんおかしく思うじゃん」

「そうね」

「そうすると、やっぱりあれ、涼に気があるって、みんな思い始めて、こいつも…くくっ…」

哲は含み笑いをし俺を見た。俺は憮然としてビールを飲みながら

「だって、あの場合はしょうがないだろ!」

「まぁ、勘違いするよな…そんで、結構、コイツもその気になって…」

「なってねぇちゅうに!」

「だって、お前、”すみねぇの事、どうしよう?俺、まだそう言うの早いと思うんだ”って真剣に聞いてきたじゃん」

「はっ!そんな事言ったけ?」

俺は嘘ぶいたが実は覚えてた。

「それで、俺らも中学行くと、部活やらあるし、少しづつ回数は減ったけど、すみねぇが中3の夏休みにになっても、やっぱりなんだかんだ言っては来るんだよ。そんで、俺らの誕生日会をやろうって、突然勝手に言い出すし、それでまぁ、ここの家族と何人かの友達が集まった訳だ」

「それで、それで?」

葉菜は興味津々で聞いている。俺は相変わらず憮然としてビールをちびちび飲む。

「こりゃ何かあるな?ってみんな何やら期待しながらドキドキして、誕生パーティーをしてたんだ。でも、何事もなく時間が過ぎていったから、

”結局何にもなしか〜!”

と期待外れなムードで世間話なんかが、ワイワイ続いてたんだ。で、すみねぇは中3だろ?進路も決めなきゃいけないし、

”すみねぇ、高校はどこに行くんだよ遠いのか?”

って誰か聞いんだ、すると、すみねぇは、ちょっと考えて、突然、スックと立って

”私は…私は…孝平さんのお嫁さんになるわ!!”

っていきなり宣言!一同、シーーーーンの後の

”えぇぇぇぇ!”

考兄狙いなんて、まさか誰もが思わなかったもんなぁ、それにそん時は、肝心の考兄はいなくてさ、それで告白するのを迷ったんだと思う」

「あら、いなかったの?」

「そう、それよかさぁ、その時の親父さんが、また傑作でさぁ」

「おい、やめろ!」

「だってさぁ…あの後、お前見た?て言ったったら見た!言って大爆笑したやん」

「あかん、それ言うと俺、マジで俺笑い止まらん!ブッ!」

「もう、笑ってんじゃん」

「だってさ、親父、飯食ってる最中でさ、持ってた茶碗をボトッと落としたまんまで、箸だけ持って口をポッカーンって開けて固まってるんだぜ!」

「まるで、蝋人形のように固まってたな」

「蝋人形!ギャハハ!それいい!まさにそんな感じ!」

「開けた口から…今にも、めっめしが落ちそうでよう」

「アッハハハハ!やめろー!」

「ひぃひぃ」

「お前、ヨダレ出てんぞ!汚ねぇギャハハ」

「うるせーはぁはぁ、タオルよこせ」

「おらよ」

と言って、俺は哲にタオルを投げつけた、俺たちは転げ回り足をバタバタさせながら笑っていた。

「うぉい、足が当たったぞ!いてーなぁ」

「芋みたいに転がってるからだよアハハハハ」

「芋はねーだろよーギャハハハ」

完全に笑いのツボにハマった俺達は、中々、笑いが収まらない、葉菜が呆れてみてるので、なんとか止めて

「葉菜は…見てないから、わかんないよなぁ…ハァハァ」

「そんで、びっくりしてさ…」

と哲が先を話そうとすると

「あんたたち!」

とすみねぇが顔を出したので、

「ぶぅぅぅ!」

とまた、俺達は笑い出してしまった。二人してギャハギャハ笑ってると

「なによぉ、あんたたち!」

「ひっふふ、いや…なんでもねぇって…」

と哲が必死で答える。

「二人揃うと相変わらず、ほんとに馬鹿!なんだから!」

「ごめん…ごめん…ゴホッゴホッゲホ。何だった?」

「いや、片付けも終わったから、寝ようかなって」

「ああ、今日はありがとう…お疲れっす…」

笑いをこらえて、答えると。

「もう、ほんとになによぉ…」

と言いながら、すみねぇは、離れに帰っていった。その後、すぐオカンも来て

「なんだか、賑やかいわねぇ。私も寝るから、後の片付けしてから寝てね」

「はいはい、おやすみなさい。ふふふ」

「すみちゃんも言ってたけど、二人揃うと本当に馬鹿だねぇ。哲!布団敷いといたから!腹出して寝るんじゃないよ!」

「もぉ、おばちゃん、俺もう子供じゃないんだけど…とにかく、ありがとう。おやすみ〜」

「母さん、お休み〜」

「お休みなさい」

葉菜もペコリと頭を下げる。

「おやすなさい。葉菜ちゃんも疲れてるだろうから、あまりこの二人の相手しなくていいからね、じゃあ」

と言って、去っていった。

そこで、俺達は、ようやく笑いがおさまって。

「はぁ〜はぁ〜腹痛かった。続き何だっけ…?」

「澄香さんが ”私、孝平さんのお嫁さんになるのよー”だっけ?言ったところかな?」

葉菜が答える。

「ああ、そこな。そんで、おばちゃんがその声を聞きつけて、台所からすっ飛んできて、

”すっすみちゃん!そんなとんでもない事を!まだ、あんた中3じゃない!”

”だって、来年は16になるから、結婚できる年になるし…”

”まっまあ、とにかく、ゆっくり考えて…”

とその場はなんとか収まって、みんな興奮冷めやらずで解散したんだけどよぉ。次の日から、なっ?」

と哲が俺に話を振ってきた。

「嫁さん宣言てか、告ってしまったから、もう、俺をダシにしないで、堂々とウチに来て、なんのかんの考兄に絡んでたな。考兄は22でまさか、中学生に手を出せないし困って

”すみちゃんは、まだ若いし、とりあえず高校へ行って、部活やら友達と遊んでいろいろ体験して三年経っても気持ちが変わらなければ…”

って説得したんだ。そしたら、今度は猛勉強し始めて、高校に受かって暫く来なくなったんだよ。まぁ、この辺じゃ、みんな一度は都会に出たいって憧れたり、この村から出たいって思うし、すみねぇも気が変わったのかな?って思ってたんだけど…」

「思ったんだけど?って変わらなかったの?」

「そう!高3の夏休みになったら

”三年経ったわぁ、孝平さんの言う通り、部活もちゃんとしたし、友達とも遊んだし、約束をちゃんと守ったからこれからは花嫁修行するわ!”

って乗り込んできたんだ。そんで、オカンに

”孝平さんの好きな料理とか覚えたいの”

とか健気でさぁ。流石に考兄も、もう返す言葉もないし、てか、三年の間に縁談の話もあったのに断ってたし、約束してたからか、すみねぇに気があったのかわからないけど、三年間待ってた気がするんだ」

「そうなのか!それは、知らなかった」

「うん、それで、考兄からプロポーズしたみたい、そしたら、ますます、毎日、ウチに来て母さんについて花嫁修行してたな、母さんもなんだかんだ言って兄弟も男、子供二人も男で、一緒に家事をやってくれる娘が出来たみたいで嬉しかったみたいだ」

「もう、押しかけ女房だったよな!ぶっ」

「そうそう、まさにそれ!あははは」

「それでさっき、お母さんと澄香さんの連携には敵わないって言ってたのね」

「そう、もう長年のベテランコンビだからなぁ」

「はあー喉渇いた。水持ってこよ」

「あっ俺も俺も」

俺は台所から水を汲んで持ってきた。

「ほれ」

「あざっす」

”ごくごく!”

ふたりして、一気に飲んだ

「うめぇぇ!もう一杯」

「なんだよ、さっき俺が持ってきたんだから、今度はお前が持ってこいよぉ。あっツマミもな」

「えぇ、めんどくせぇ」

「ああ!じゃあ、ジャンケンで決めようぜ!」

「ジャ!ジャンケン?」

「やなのかよ?」

「いいさ!やるさ!最初はグーだな?」

「おう!いくぜ!最初はグー!」

「待て待て、心の準備っちゅうもんがいるだろ!」

「じゃんけぐらいで、おら!やるぞ!」

「よし!」

『最初はグー!じゃんけん!ポン!』

「ほーら俺が勝った、水とツマミ、あっ!ついでにビールもよろしく」

「ふん!俺のが多いじゃねぇか」

とブツブツ言いながら台所に行き、水とさきいかと缶ビールを持って戻ってきた。

「なんで、俺、お前にじゃんけん勝てねぇんだろ…!もう一回、やろうぜ!」

「おう!受けて立つぜ」

『じゃんけんポン!』

『じゃんけんポン!』

『じゃんけんポン!』

何度、やっても結果は同じだった。哲の負け

「ちきしょームカつく!」

「お前、顔に出すぎなんだよ。ククッ」

「なんだよぉ!じゃあ葉菜ちゃん、やってみよ」

「いいわ!」

「よっしゃ行くぜ!」

『さいしょはグー!じゃんけんポン!』

「勝った!葉菜ちゃんには勝てる」

「なんか、悔しい哲ちゃんもう一回!」

「おう!三回勝負な」

『ジャンケン!ポン!』

「あっ今度は俺の負け!」

結果は葉菜が2回負けた

「やったぁぁ」

「はん!ジャンケンごときで!葉菜は、まだまだ修行が足りないんだよ」

「なによぉ。涼ちゃんには、わかるの!」

「まあな、顔にでまくりやん。ブッ」

「なになに?教えて」

「ブッブーそれは、駄目ぇ。フェアじゃないよ」

「それもそうね。じゃあ、自力で探すわ!哲ちゃん!行くわよ」

ジーーーと下から哲の顔を見上げる葉菜に

「おいおい、もういいよぉ!」

葉菜の気迫に押された哲は、逃げに走った。

「ところで、さっき、”俺らの誕生会”って言ってたじゃない?ふたりは誕生日が近いの?」

「おう!近いも近い!同じ年の同じ日」

「ええ!同じ日に生まれたのぉ?」

「そそ、俺が8月3日は知ってるだろ?」

「うん」

「そう、8月3日の午前2時20分、そんで、哲は午前2時52分」

「ちぇっ、そこまで言う事ないだろ!」

「駄目駄目、そこ大事なとこ、俺は30分お前よりお兄さん」

「けっ!毎度、毎度30分くらいの事で兄貴ヅラしやがって」

「なんだよぉ。これでも2分まけてやってんだぜ。正確には俺のが32分早くこの世の空気を吸ったんだぜ。」

と俺は手を広げて息を吸いながら言った。

「兄貴、兄貴!涼兄って呼んでもいいんだぜ」

「あームカつく、お前とはもう絶交だ!」

「おう!望む所だ絶交な!」

「ちょっちょっと、待ってぇ、そんなことぐらいで、絶交って…」

「いいんだ葉菜」

「そそ、葉菜ちゃん気にしなくていい。さて明日、仕事だし、もう寝なきゃな」

「おう、ここは片付けとくから寝ろよ」

「ありがと涼兄」

「ゲッ!きもちワル!ところで、理恵は?」

「ああ…理恵かぁ。今、年越しライブ行くって言って、お前たちと入れ替わりで、あっちの友達んとこ行った」

「そっか…じゃあ、年越しはまた、ここか?」

「おう!そうだな。お前もいるだろ?」

「あっ!俺達は…」

そこで、葉菜が俺の服の袖を引っ張った。

「なんだ、帰るのかよ?」

「いっ…いや、いるよ」

「なら、いいや。じゃあおやすみぃ〜」

「おやすみ」

「おやすみなさい」

哲は自分の寝る部屋に去って行った。

「あの…葉菜…ごめんな」

「いいのよ。何となく、そうなるような気がしてたし。私も楽しいから、まだちょっと居たいわ」

「ありがとう葉菜」

「でも、さっき哲ちゃん、ここで年越しって、家族は?」

「ああ…」

俺は暫く黙って

「いない」

「いない?」

「うん…」

俺は少し言葉に困った。そして、

「俺らもそろそろ、上に行こっか」

「うん」

そう言って、ゴミを捨て残ったグラスやらを洗って片付けて、ペットボトルの水とお茶持って俺の部屋に戻った。