第23話 探そう

1週間ぶりに東京へと帰ってきた。葉菜の荷物はオカンが

「また、来るんだから置いていきなよ」

と言ったので、半分くらいになっていたので、先に俺のアパートに行き車を置いて葉菜のアパートに行った。

最寄りの駅に到着した時には、もう夕方になっていた。冷蔵庫は空にして行ったので夕食は外で食べて買い物をして帰った。

部屋に入って、まず、葉菜の両親の前で手を合わせて互いにいろんな報告をした。葉菜が何を報告したは、わからないけど俺は

(葉菜さんをお嫁さんにください)

と挨拶した。そして、ふたりがけの座椅子に腰を下ろした。久しぶりのふたりの部屋、みんなでいるのも賑やかでいいが、いつの間にか住み慣れたこの部屋はホッとする。

「運転お疲れさま」

と葉菜がお茶を出して横に座った。

「葉菜こそ、疲れたろ?」

「うん、少しね。でも楽しい思い出がたくさんできたわ。みんな、家族みたいにしてくれて気さくで、行く時の心配が嘘みたい。ふふっまた行きたいわ」

「そうか!ありがとう」

行く前とは違い葉菜の顔も明るかった。

「帰りは飛ばしてきたから疲れたろ?」

と言うが否や葉菜は俺に、もたれながらでウトウトし始めていた。俺に頼り切ってるその姿を見て

(俺は、ほんとに幸せボケしてるな…)

と自分で笑ってしまった。そして、嬉しい反面いろんな事を考えて眠れずにいた。暫くして、葉菜が目覚めた。

「あっ、つい!寝ちゃってた」

そして、俺の顔を見て

「どうしたの?何だか難しい顔してる」

「うん…」

考え込む俺を見て、心配気に聞く

「葉菜」

「はい?」

深刻な俺の口調に少し緊張する

「なんだか物足りないんだ…」

「何?突然」

「その…手を合わせて葉菜さんをお嫁さんにくださいって思っても何か違うんだ」

「それは、仕方ないわよ。もう、いないんだし…」

「うん…それはわかってる」

「挨拶してくれただけでも嬉しいわ」

「葉菜は知りたくないの?」

「えっ?何を?」

「両親の、パパとママの事」

「どうしたの?突然、わからないって言ったじゃない」

「ほんとに?いろいろ調べてみても?」

「探ったことは無いわ。ママも最後まで教えてくれなかったし、私は知らない方がいいんだなって…」

「それでいいの?」

「いいのって…知らない方が幸せな事もあるわよ」

「そっかなぁ」

「なによ!何か疑ってるの!それとも好奇心!」

葉菜は体を起こしムキになってくる。

「ほら、そうやってムキになる。ほんとは、葉菜が1番知りたいんじゃないか?」

ハッとして葉菜は下を向く。俺も体を起こし

「俺は前も言ったけど、葉菜の両親がどうであれ変わらない。だけど、葉菜がずっとこだわってる気がするんだ」

「こだわってなんか…」

「知るのは怖いかもしれないけど、知らないといつまでも、自分の両親はどこで何を?どうして?どうやって育ったか?勝手に想像だけ膨らまして、どんどん悪い事ばかり考えるんじゃないか?前に犯罪を起こしてきたかもって言ってただろ?」

「そっそれは…」

「大した事ではない。そうやって打ち消しても打ち消しても真実がわからない限りは、いつまでも疑うばかりだ。それならいっそ、わかってしまえば、それを乗り越えるだけじゃない?」

「でも…かけおちして、ホームレスにまでになってるのよ…」

「うん、そういう憶測でずっと、両親を疑っていくのとそれを納得した上で生きてくのとどっちがいい?」

葉菜は泣き出してしまった。

「ごっごめん、泣かせるつもりじゃなかったんだ。ただ葉菜が一番知りたがってるんじゃないかって…」

「知りたいわ!何度もママに聞こうかと思ったけど聞けなくて…でも、ずっと気になってた」

葉菜は更にポロポロ泣いた。俺は葉菜の頭を撫でながら

「もう、一人じゃない。俺もいるから…あまり頼りになんないけど…葉菜と一緒に頑張るから、探してみないか?」

「うん…うん…」

泣きながら葉菜はうなづいた。

「今日は疲れてるし…まだ、明日と明後日、休みがある。何か手がかりがあるか探してみよう。小料理屋はまだあるの?」

「まだ、あるけど大将も女将さんも亡くなられたわ。今は見習いで来ていた人が店を継いでやってる」

「そっか…それじゃあ、期待出来ないな。直接、区役所に行ってみるとか」

「うん」

「疲れたろ?明日から頑張ろ。もう、寝よう」


 

次の日になった。両親の部屋は多少整理はされてても、ほとんど当時のままだ。取り敢えず、部屋から探す事になった。そして、それは、意外にもあっさり見つかった。

押し入れにあった小引出しの小物入れの中に、父親の遺品が入っていた。葉菜が言うには

「ママがたまに開けて見てたのよ。大事そうに、私は触るのが何となく悪い気がして、見てないけど…」

「開けてもいいかい?」

「ええ」

その引き出しの上の段には、腕時計や眼鏡が透明の袋にキチンと入れて納めてあった。

(旦那さんの宏行さんの香りが消えないようにかな?ほんとに愛し合ってたんだな…)

と思いつつ、丁寧に見ていった。上ふたつの引き出しはそんな細々な物が入れてあった。そして、下の段を開けるとその奥に

”新品のパスケース!”

「葉菜!これ!」

葉菜もびっくりした顔をした。

「見てもいい?」

「うん」

俺はゆっくりとその、パスケースを出し中を見た。

「免許証だ!」

そこには、車の免許証が入っていた。もちろん写真つきで

「葉菜、これ」

「パパだわ…でも苗字が違う」

確かに若干顔立ちは変わってるが写真とほぼ、同じ顔が添付されていた。免許の更新はされてない。当然、前の現住所、本籍が記載されていた。

「奥瀬宏行。おくせって読むのかしら?」

「多分…」

苗字は、あて字っぽいものも多いし、はっきりは断定出来ない。葉菜が震えだした。

「何故、苗字が違うのかしら…」

「多分だけど、この苗字は珍しいから、見つからないように結婚する時は母方の姓にしたんじゃないかな?と思うけど…」

ハッキリした事はわからないから断言は出来ないが、名前は聞いてたのと同じだし…

身近にヒントが見つかってラッキーだったが、のっけから不安な要素になってしまった。

「家出してきたのは、パパが18でママが17って言ってたよね?」

「うん、そう…」

じゃあ、この免許を取って間もなく、こっちに来た事になる。

住所はここから少し遠くにある。今日、明日で行っても何も出来ない。

「葉菜、次の長い休み。ゴールデンウィークに行ってみないか?」

葉菜はジッと黙っていた。

「怖い?」

「ううん、行くわ!もう、ここまで来たら逆にハッキリしたい!」

とキッパリ言った。

「わかった!気が変わらないように、今からキチンと計画を立てておこう。ホテルか旅館も取らなくちゃね。観光地っぽいから早くしとかないと」

そして、日程はゴールデンウィークに入ってすぐ、旅館が二日間取れた。休みに入って、すぐ行くことにしたのは、もし、結果が悪くても残りの休みで気分転換しようと思ったから

「後は出たとこ勝負だね」

「うん、でも、ゴールデンウィークは涼ちゃんの実家に帰るって約束してきちゃったけど…」

「こっちのが優先だよ。電話する」

俺は、母さんに電話して、事の次第を話した

「ん!偉い!それでいいんだよ。こっちの事は心配しないで、ちゃんとしてくるんだよ」

と言われた。

その後、暫くして考兄から電話があった

「何か困り事があったら、いつでも、電話してくれ!飛んでく」

「うん、ありがとう。でも、そっからだとかなり遠いよ」

「関係ないよ。俺はお前の兄貴だろ?少しは頼りにしろよ」

「わかった。困ったら連絡する」

「じゃあ」

と言って切った。そして、暫くして今度は父さんだ

「聞いたぞ。涼!えらいなぁ流石に俺の息子だ。応援してるから、頑張れよ」

「あっ…ありがとう」

なんだか、やな予感がした。そして、暫くしたら、今度は葉菜の携帯が鳴った。

「澄香お姉さんよ」

(そっちか!)

「番号教えたの?」

「ええ、もちろんよ。出るわね」

「葉菜ちゃん!聞いたわよ!頑張るのよ。もう、私にとって葉菜ちゃんは妹なんだから、涼が頼りなかったら遠慮なく電話して!」

「ありがとうございます」

「あっ涼に変わって!」

「もしもし…」

「あっ涼!葉菜ちゃんが傷つくような事になったら、ただじゃ済まないわよ!しっかり頑張ってくるのよ!」

「あっありがとう…」

「何よ!その返事、しっかりしなさい!じゃあね」

と切られた。

「あと、ひとりだな…」

「そうね」

さっきまで、緊張してた葉菜がクスクス笑い出している。

”プルルルル”

来た!哲だ。

俺は出た途端に思わず

「うぉい!」

と叫んだ

「なっ何だよ、いきなり!」

「お前も聞いたんだろ?」

「ああ!もちろんだ」

「気持ちは嬉しいが、まとめて電話すればいいだろ!」

「そうも思ったんだけどよお。みんな自分がしたいって、聞かないから、ちょっとづつ時間を空けたんだぜ」

(想像できる…)

「そんで、お前は何て?」

「いや、俺の言いたい事はみんなに言われちまったからなぁ…何で俺ジャンケン弱いんだろう…」

(ジャンケンで順番決めたのか!)

「そんで、何故に?」

「うーん、あっお前が不安じゃないかなって…」

とってつけたように話す。

「うっ…まあ…緊張はするよ。とにかくありがとう」

「おう!気をつけて行けよ!」

「まだ、先の話だっちゅうに」

「あっそうだな。それぐらいにまた、電話するなぁ」

とあっと言う間に切った。葉菜はキャハハ笑ってた。お陰で暗いムードがふきとんだ。

「家族がたくさん増えて心強いわ」

「そう言ってくれて俺も嬉しいけど」


 その後、ゴールデンウィークまでの間、落ち着かなかったが、とにかく行ってみなきゃわからない。不安になるのをやめて、いつも通りに生活した。

俊さんと愛花ちゃんと、ダブルデートの時に葉菜は、自分の生い立ちを話した。愛花ちゃんは

「葉菜の家庭が訳ありなのは、わかってたわ!でも、それが何よぉ。何があっても私達は絶対親友よ!」

と泣きながら葉菜を抱きしめていた。俊さんも

「俺も、なんも変わらねぇ。ふたりが無事に帰ってくる事を祈るよ」

と言ってくれた。


そして、季節は変わり。いよいよ、ゴールデンウィークが目の前にやってきた。

ここで、迷ったのが遺骨だった。せっかく、故郷に行くのだから、持って行った方がいいんではないかと、しかし、大切な遺骨を動かしていいものか…。ふたりで悩んだ挙句。どうなるかわからなくても、せめて、両親の故郷に連れて行ってあげたいと葉菜が言ったので、桐の箱を買い、そこに入れてく事にした。