第21話 忙しない大晦日

次の日は大晦日で、朝からオカンとすみねぇは、おせち料理や年始の準備に余念がない。親父と孝兄もいなかった。

「あれ?父さんと孝兄は?」

「ああ、タケさんとこに手伝いに行ったよ。健に頼まれて」

「なるほど…昨日、タケさんを足止めしたしな…」

俺達は、朝飯を食べて

「今日は何しよっか?」

と聞くと葉菜は落ち着かない様子で

「あの…私も何か手伝える事はないかしら?」

と聞いてきた。まぁ無理もない。葉菜は、いつもアパートではいろいろ家事をやってくれる。料理は葉菜の趣味みたいなもんだし、二人で台所に行った

「なんか、葉菜が手伝える事はない?」

と聞いた。

しかし、台所は沢山の食材を出して女ふたりがバタバタしている。葉菜の入る隙なんてあるだろうか?

「葉菜ちゃんは、都会の人だから都会風な料理とか、作ってもらおうかしら?う〜んと…ナンカレーとか…」

(都会風てか、それインド料理じゃね?…すみねぇ面白すぎる)

笑いを堪えて

「でも、入る隙が無さそうだから手伝いのがいいと思うんだが…」

「そうねぇ…」

そこで、まゆとゆりが俺達の傍に来た。

「おねえちゃん、おかしとかつくれる?」

「何でもって言う訳じゃないけど作れるわよ」

葉菜はかがんで、二人に答える。

「ほんと!アップルパイとかは?」

「うん、多少、レシピとか見ないとわからないけど、作った事はあるわ」

「ほんと!じゃあアップルパイをつくってぇ」

「なんだ?ピンポイントでアップルパイをご指名か?」

「ちょっとまえに、ママがつくってくれたの」

「おーそれが美味しかったんだな!」

「そう…おいしかった…おいしかったんだけど…」

「うん?どした?」

「みためが、お好み焼きみたいだった!」

「しー!ゆり!」

「ぶっ」

俺は吹きそうだったが、我慢した。すみねぇも頑張って手作り菓子とかやってんだろうし、笑っちゃいけねぇ

「だって、あれパイの所が難しいのよぉ!」

動きまわりながら叫ぶすみねぇ

「ママはね、プリンとかゼリーは綺麗にできるのよ」

それ、型に入れればいいだけのやつ。フォローになってない…

「葉菜ちゃん、出来るならお願い。あぁ!ここじゃ無理そうだから、ウチのキッチン使って、材料もそのままあるから」

「はい」

葉菜は、やる事が出来て嬉しそうだった。

「じゃあ、まゆもおてつだいするぅ」

「ゆりもいくぅ」

「まあ、そう、おじちゃん達に迷惑かけちゃダメよ」

と言いつつ、内心は動きまわるふたりがいなくなるので、すみねぇはあからさまに、嬉しそうだ。

「わからない事があったら涼に聞いてね〜涼、頼むわよ」

「へいへい」

「あ〜子供の前ではイチャイチャしないでよ!」

「いちゃいちゃってなーにー?」

「ほらぁ、このあいだおしえてあげたでしょ?らぶらぶのことよぉ」

「らぶらぶがわかんなぁい」

「パパとママがたまに、チュッてしてるでしょ?あれよぉ」

「あっあれかぁ」

俺は、すみねぇの顔をジッと見た。

「なっ!どこでそんなの見てたのよぉ」

慌てて言いながら赤くなるすみねぇ。俺は、したり顔でニヤリと笑う。

「もう、早く行っちゃいなさい!まゆ!ゆり!あまり、変な事を喋らないのよ!」

すみねぇは俺たちを押し出すように、離れの方に追いやった。そして、


「もお…子供はうっかりできないわ!」

と嘆いていた。オカンは

「夫婦が仲良い事はいいことさ」

と慰めていた。

 

 俺たちは離れの孝兄のキッチンに行き準備を始めた。まゆとゆりは、材料のある場所を教えてくれた。わからないものは、俺が探した。

調理が始まると、子供ふたりは手伝いをしたくてあれやこれやと動き回る。粉を持ってはぶちまけ、水を持っては転び

「うわぁ、そこやめろぉ!」

「ぞうきーん!」

「無駄に近寄るなぁ!」

俺は手伝いと言うより、子供達の後ばかり追って、大騒ぎだった。葉菜は

「こんなに、賑やかに料理するの初めてよ」

と嬉しそうだった。

「いや、俺は冷や冷やだよぉ子供ってほんとに大変だな」

「涼ちゃんは、もっと大変だったんじゃない?」

「おっ俺は…」

と言いかけたが、無駄な事を言えば墓穴を掘るだけなのでやめた。 

途中で昼飯に呼ばれて、食べ終わると、また続行。午前中から騒ぎまくった上にお腹いっぱいになった子供達は寝てしまった。

「まだ、時間もあるし、材料もあるからクッキーも作っちゃおうかな?」

「葉菜の好きにしていいよ」

「勝手にやっていいのかしら?」

「大丈夫、大丈夫!てか、葉菜は俺の自慢の嫁さんだね」

「まあ、おだてて…」

「だって、そうだから」

俺は葉菜の隣に行き、子供ふたりが寝てるのを確認して、頬にキスした。

「もう!イチャイチャしちゃ駄目って…」

「寝てるし、ちょっとだけね」

俺は、キッチンの椅子に座り直し、隣のコタツで寝ている。まゆとゆりを見た。

「子供ってほんとに大変だよなぁ。でも、やっぱり欲しいな」

「そうね、涼ちゃんに似た男の子」

「葉菜に似た女の子」

プロポーズをしたので、ふたりの将来に現実味が湧いてきた。そんな、話をするのが嬉しくて、俺はワクワクしていた。

「出来たわ!」

時刻は2時ぐらいだった。

「おっそうか!じゃあ母屋に持っていこう。まゆ〜ゆり〜!まだ、ねんねかぁ!」

まゆが目を擦りながら起きてきた。

「う〜ん、おきたぁ、アップルパイできたぁ?」

「おう!出来てるぞ」

「あっほんとだ!きれいにできてる!クッキーもある!ゆり!ゆり〜!」

ゆりが走ってくる

「うわぁ!ほんとぉ〜?いやった〜!」

キャッキャッ喜ぶふたり

(葉菜に似た女の子ふたりもいいな…)

「さあ、あっちに持っていこうか」

「ええ!今すぐ食べた〜い」

「ダメダメ、向こうでみんなで食べるんだよ」

「はぁ〜い」

俺達は、出来上がったお菓子を母屋に持っていった。母屋の台所も大分落ち着いてる様子だった。

「出来たよ、ほら!」

俺は台所の机の上に出来上がったアップルパイとクッキーを置いた。

「キャー!美味しそう!クッキーまで作ってくれたの?嬉しい!」

「あっほんとだ、ハイカラに出来てるねぇ」

「ママぁはやくたべた〜い」

「ちょっと、待ってね。パパとおじいちゃんも帰って来てるからみんなで食べましょ。お皿とか用意して」

「はぁい!」

「折角だからあっちで切り分けて、出来上がりを見てもらいましょ居間にいるから、涼、持ってって」

「ラジャー!」

俺はいたって御機嫌で、居間に持って行った。

「父さん、孝兄おつかれ!これ」

「おお!誰が作ったんだ?洒落てるじゃないか」

「葉菜!」

俺は鼻高々で言った。

「葉菜は料理も上手なんだぜ」

更に調子に乗る俺

「もう、涼ちゃんいいわよぉ」

照れて俺の服を引っ張りながら真っ赤になる葉菜

「さぁ、食べましょ食べましょ」

すみねぇが、包丁を持ってきた。

「あっばぁちゃんにも持っていかなきゃね」

「大丈夫、ちゃんと切り分けたから、哲の分ももとっとくね。アップルパイもふたつ焼いてくれて助かったわぁ!葉菜ちゃんは気も効くのね!」

ますます、赤くなってく葉菜。そして、ドヤ顔の俺。

みんなで、ワイワイ騒ぎながら食べた。

「健の所はどうだった?」

「あぁ、村のもんが俺たちが行くと不機嫌でさ、”健はこねぇのか!”って」

「なんで?」

「あいつ、口は悪いんだけど

”じじぃ!門扉が壊れてるぞ”

とか言って、道具持ってきて直してくれたり、なんか困り事があって相談すると

”しゃあねぇなぁ〜”

と言ってなんだかんだ相談に乗っくれるそうだ。嫁も協力的で、村の老人達はかなり頼りにしてるらしい」

「へぇ〜知らなかった。昨日、会った時も、随分しっかりしてきたなとは思ったけど、そんで仕事は終わったの?」

「まあな、ブーブー言われたが、俺らも知り合いばかりだしな。つい長話してしまったが、もうほとんど仕事納めだ」

「また、酒をごっそり貰って来たんだろ?」

「いや…まあ…なぁ孝平…」

「ごっそりとは頂いてないよ、正月飲める分くらい」

「ごっそりじゃねぇか!」

話しが弾んでる所で、哲が来た。

「ただいまぁ」

「おかえり〜」

「うお!なんだか、うまそうなもん食べてるじゃん!俺も俺も」

「はいはい、ちゃんと、とってあるよ」

「うめぇ!俺、甘いもの苦手だけど、これはそんなに甘くない!」

「ふふん!そうだろ!」

相変わらずドヤ顔の俺

「もう、涼は自分で作った訳じゃないのに、さっきからあの感じなのよ!」

「恋愛ボケしてんだろ」

「ふん!言ってろよ」

「さあさあ、葉菜ちゃんも疲れたろうし、まだ夜ご飯まで、ちょっとあるから二階で休んできな」

「そうするよ。葉菜行こう」

「夜ご飯になったら呼ぶからねぇ」

「そうしてぇ」

俺達は二階の俺の部屋に戻った。

「やっぱり葉菜は、俺の自慢だな」

「もう、涼ちゃん調子にのりすぎよぉ」

「だって、嬉しくて仕方ないよ。葉菜お疲れさま」

「いえいえ、私なんかでお役に立てて嬉しかったわ」

「疲れてないか?」

「あれぐらいの事じゃ疲れてないわよ」

「そうだよな。すみねぇとかは、子供達がいつもあの調子なんだから、たくましくもなるよなぁ」

「素敵なお姉さんよ」

「素敵かどうかは…」

「こらっ」

葉菜がたしなめる

「まぁ、考兄一筋で、飽きもせず仲良しで、この家の事も母さんに協力してもちゃんとやってくれてるし、俺たちもあんな夫婦になれたらいいな」

「わかってるじゃない」

「おうさ」

「ふふっ」

そんな事を喋ってると、階下から

「夜ご飯よぉ」

と呼ばれた。

「おっしゃ!行くぜ!」

俺は拳を握り締め立ち上がる。

「なんか、いやに気合いが入ってるわね?」

「ああ…まぁ…大晦日だからな、飯食っていろいろ、やりたい事もあるだろ…?」

「そうね…」

居間には、すっかり用意が出来上がっていた。全員揃ったので、飯!

やたらと、忙しく食べる俺。親父、考兄、哲の4人。葉菜が横で不思議そうに見ていた。

「よし、俺、食べ終わった」

と哲。

「俺も終わった」

「待て待て、ワシももうすぐだ」

「幸兄は?」

「俺も終わった」

「よし、食べ終わった」

親父が手を挙げる。

「みんな、食べ終わったな」

「女と子供がまだだよ」

冷ややかに、オカンが言う。

「あー」

奇妙な雰囲気に葉菜がキョトキョトしている。

「みんな、食べ終わったよ」

その声と同時に

「よし、アレだな!」

「アレだ!」

「準備は万端か?」

「当たり前だ、隣の部屋にちゃんと用意してある」

不安気な葉菜を尻目に隣の部屋が開けられた。