第20話 故郷の星空

 喋ってるうちに、通ってた小学校に着いた。

「もう、廃校になっているからな…でも、今は避難所とか村民の寄り合い所とかゲートボールに使ったりするので、当時の小遣いさんが住み着いて管理してくれてるから、廃屋にはなってないよ声かければ、中に入れる」

「良かったわ」

「おじちゃ〜ん!おじちゃ〜ん!」

奥から人が出てくる

「うん?ああ?涼か⁈」

「そう!久しぶり、年取ったな」

「元気そうだな、女なんか連れて来やがって」

「うっさい。中に入りたいから開けて」

「おお、鍵渡すから開けて入れ」

奥に行って鍵を持ってきて渡してくれた。

「中で暴れんじゃねぇよ」

「もう、子供じゃねぇよ。じゃあ、後で鍵返しにくるわ」

「おう、奥にいるから呼んでくれ」

「わかった」

俺達は校舎に向かって、鍵を開けて入った。葉菜が

「知り合いばかりね」

と笑った。

「うん、村に残ってるのは昔からいる人ばかりだから、村中知り合いだな」

「なるほど」

廊下を歩きながら

「変わってないな…」

教室の机や椅子は隅に寄せられているが、ほとんど当時のままだ、管理してくれてるので、掃除も行き届いている。

「この学校がなくなって、まゆちゃんやゆりちゃんは、どうしてるの?」

「今の学校は子供の足では遠すぎるから、すみねぇが車で送り迎えしてる」

「そうなんだ…」

「おっ職員室だ。昔はおっかなくて入れなかったよなぁ」

「くすっ、なんで?」

「いや…いろいろとまぁ…」

空になった、教室や職員室は綺麗にしてあっても、ひとけが無いのがわかって、少し寂しい…何も載ってない机、昔の張り紙、壁の落書き少しの残り香はあるが、滅多に人が来ない事は一目瞭然だった。

俺の表情からわかるのか

「こんな、いい所なのに、みんな出て行ってしまうのね」

「そうだね…実際問題。ほとんど農業しか、仕事は無くて、それも、気候に左右されて不安定だし、跡を継ぐのが嫌だとか、都会のが便利とか、いろんな問題があるから…」

「それも、わかるわ」

「考兄はさ、すみねぇが押しかけ女房してくれたから嫁がいるから良かったけど、中々嫁のきてもない上に入り婿となると更にいない」

「じゃあ、お兄さんとこはどうするの?」

「考兄は、跡取りはいらないって」

「えっそれでいいの?」

「うん、すみねぇが、

”男の子が欲しいなら、も1人がんばるわよ”

って言ったんだけど、考兄は

”まゆとゆり二人で充分だ”

って、俺も何でか不思議で聞いてみたら

”孝兄は跡取りとかこだわんないの?”

”俺も一度は都会に行きたいとか、この家から出たいとか、思った事がある”

”孝兄なんて、しっかり農業を継ぐつもりだと思ってよ”

”俺だって聖人君子じゃないんだよ。それにじぃちゃんばぁちゃんが”長男長男、跡取り”って結構プレッシャーかけてきたし、それが嫌だと思ってたし…”

”まあ、じいちゃんばあちゃんは、ほんとに昔気質だったからなぁ”

”うん、それに反発したいって気持ちも時折はあった。でも親をほったらしにして出てく勇気も無かったし…他にもなにかあてがあるとかやりたい事があるって訳でもなかったしな…”

”まゆとゆりはどうすんの?”

”婿養子とか望まないし、好きにさせるさ”

って」

「お兄さんも、しっかり考えてるのね」

「うん、この村では、物心着くと自分が長男だから跡継ぎとか次男だからどこかに出るとか考え始めるね。女の子も同じ。俺も次男だから当然、家から出てどこかに行かなきゃなって、

母さんも、突然、自分が跡継ぎと押し付けられて、物凄いショックだったことは忘れてないし、そんな事で揉めるのはもう沢山で

”好きにするのが一番だよ”

って無理矢理、跡継ぎにこだわったりしないし」

喋りながら一通り懐かしい校舎を回り、鍵を管理人のおじちゃんに帰しに行った。

「おじちゃん、ありがとう」

「おう、また来いよ」

「うん、おじちゃんも体に気をつけて元気でな」

「はん!生意気な事を言うようになったな。お前も元気でやれよ。良いお年をな!」

「良いお年を」

そう挨拶して、管理人室から出ると辺りは、すっかり暗くなっていた。管理人室から漏れる明かりと、月明かりでほのかに周りが見えるが

「うわぁ!綺麗な星空。涼ちゃんが言ってた通りね」

「だろ?ずっと見てると流れ星とかも見られるんだぜ」

「ええー見てみたぁい、それにしても、こんな星空は贅沢よね。都会では見られないわ!星に手が届きそうって、こう言う事を言うのね」

「いろんな問題もあるけど、俺はこの村が好きだよ。いつか…あの…」

「うん?」

「いや、いい…」

「あっあれブランコ!乗ってみたいわ!まだ時間いい?」

「大丈夫だよ。俺も乗る」

二人して別々のブランコに腰を降ろして漕ぎ始めた。

「ブランコなんて久しぶりよぉ」

「俺もだ…」

「何?なんだか変に落ち着かない」

「いや、そのこんなヘンピな村で過疎も進むし…問題もたくさんなんだけどさ…俺はいつか…いつかさぁこの村に帰ってきたいんだ」

そこで、俺はブランコを忙しなくキコキコ漕ぎ始めた。

「仕事もないし…お金を貯めて定年してからでもいいから、この村に帰って来たいんだ。その時…その時は…」

俺は息をすうぅと吸って。

「葉菜にも一緒に帰って来て欲しいな……なんて」

「定年?ずっと先の話しね」

「うん、ずっと先の話しだ…」

俺はブランコのスピードを緩めて葉菜の顔を見た。

「じゃあ、ずっと一緒ね!」

「そっ…そう言う事になるかな…長い間だからいろいろあると思うけど、葉菜とこの村に帰って来たい」

「嬉しいわ!」

葉菜は笑顔でそうやって答えて俺の顔を見た。俺は多分、真っ赤になってたかもしれない。

「でも、その頃はしわくちゃのおばあちゃんになってるかもしれないわ」

「俺はメタボのハゲ親父かもな…」

「いやあねぇうふふふ」

「あはは」

葉菜もご機嫌なようすだ。

精一杯のプロポーズだった。ブランコを降り、ふたり手を繋いで車に向かった。

『結婚』

付き合いだした時から、ずっと頭にあった。でも、

(まだ、早いかな。まだ、早いかな)

と中々言えずにいた。故郷の星空が俺に背中を押すように勇気をくれた。


 家に着くとオカンが

「遅かったわねぇ。田んぼにでも落ちたかと思って心配してたよ。ご飯の用意は出来てるよ」

「すみねぇじゃあるまいし、暗くても道はわかるさ」

「なによ!あれは中学の時、自転車でしょ?真っ暗になると道と田んぼの境目がわからなくなるのよ!」

「そうだね、それは気をつけなくちゃ」

「なっ何よぉ、そんなに素直な事いわれると気持ち悪いわ」

「いや…何でも無いさ…飯!飯!葉菜行こう」

俺はさっきの事もあって、顔を赤くして、急いで上がってご飯を食べに行った。

(葉菜と結婚…)

ずっと同棲してたみたいなもんだから、変わらないけど、やっぱり同じ姓、家族になる。そんな事が俺には嬉しかった。好きで一緒になってもいろいろある。

(俺と葉菜にもそんな危機があるのかな?でも、苦労しても一緒に年をとって、いつまでも手を繋ぐおじいちゃんおばあちゃんになってここに帰ってきたいな)

と思いながら、ご飯を食べていた。


 

しかし、そんな日が来る事がない事を、この時は知る由もなかった。