第31話 結婚に向けて

  東京の葉菜のアパートへと帰宅。一休みして、

「実家に電話しなきゃな、あっ!俺のな」

「ふふ、わかってるわよぉ」

「だって、これからは葉菜の実家もあるんだぜ」

「そう、私の実家」

葉菜は、鼻をツーンと上げ威張ったようなそぶりで、答えた。俺はニヤニヤしながら

「じゃあ、お·れ·の·実家に電話するわ」

「はいはい、そうして下さい」

俺はオカンの携帯に電話した。やはり、速攻、繋がる。

「もしもし」

「おかえり!」

「ただいま。いろいろ心配してくれて、ありがとう。あっちで…」

「ちょっと待って!」

「なっ!何?何か取り込み中?」

「いや、私の携帯では聞こえづらいから、誰かのスマホに電話してくれてって」

「誰かって!全員いるのかよ!」

「ああ、居るよ。なんだかスマホのスピーカーのが聞きやすいから、そっちに電話してくれって、こっちから掛けてもいいけどって、もう…参ったよぉ。ここんとこあんたから電話がないかって、誰かしら私の周りにいるんだよぉ。鬱陶しいったらありゃしない」

「おばちゃん、早く早く!」

遠くに哲の声が響いてきた。

「わかった。まっ俺もいっぺんで済むから助かるよ」

「何ですってぇ」

今度はすみねぇの声が響く

「じ…じゃあ哲の携帯に電話しなおすよ。もう、静かに聞いてくれよぉ!一旦切るよ」

と言って掛け直して話を始めた。

俺と葉菜が交互に話すのを、静かに聞いていた。あまりに静かなので

「聞いてんのかよぉ?」

と思わず聞いてしまった。

「聞いてるよ!あんたが静かにって言うし、皆、黙って聞いてるよ。喋ればこっちも聞こえ辛くなるし…」

「そうよねぇ」

「もう、勝手な奴だなぁ」

一斉にザワザワする。

「だけど、あまり静かだと壁に喋ってる気がするよ」

「もう、喋るなって言ったり、静かすぎるとか!じゃあ誰か代表で受け答えするってのはどうかしら?」

「あっおれ、おれ」

「えっ私よぉ」

「ここは、兄貴の俺が」

「父さんだろ!」

また、ガヤガヤ騒ぎ始める。

「もお、誰でもいいから!」そこで

「この電話はあたしに掛かってきた電話だけど…」

とオカンが言うと、シーンとなり受け答えの係が決まったようだ。俺と葉菜は暫く笑いが止まらなかった。

そして、また、続きを話した。全部を話すには長すぎるので、掻い摘んで大事な事を話して終ると

「葉菜ちゃん、良かったね」

「ほんとねぇ」

涼平も頑張ったな」

などなど、ねぎらいとお褒めの言葉をたくさん、もらった。そして、オカンが

「それで、式はいつだい?」

「またか!式とかは挙げる予定はないよ。金かかるし」

「じゃあ、こっちでやりゃあいいだろ」

「ぎゃぎゃ!勘弁してくれ、孝兄の時もめちゃめちゃ酒飲まされて、冷やかされるの見てたし!御免だよぉー」

「もお、この子はぁ。まあ、いいよ。二人とも疲れてるだろうし、ゆっくりしな電話ありがとね」

「ああ、いろいろ心配してくれてありがとう。じゃあ」

そして、いよいよ、俺達は結婚に向けて本格的に動き出した。

入籍するだけなら簡単だが、最低限でもふたりで住むアパートは決めてからでないと、夫婦なのに住所が違うなんて変な話だし、そもそも二部屋分の家賃が勿体ない。そして、それが一番な問題だった。

会社からは、あまり遠くない方がいい。しかし、それでは家賃も高い。ましてや駐車場まで考えたら、今は共働きで良くても。先々、子供が生まれたら葉菜には出来るだけ家事や子育てに専念させてやりたい。そうすると、アパートの家賃にそんなに費やす訳にもいかない。

「車は、売ろうか?」

「でも、それも実家に帰るとか不便じゃない?」

「うーん、そうだな…」

駐車場込みで、最低二間の間取り、更に家賃を予算内でと考えると中々無い。

訳あり物件か?それも考えたが、いくら何でも新婚でそんな部屋は嫌だ!

(大体、俺の給料が低すぎるよなぁ。いくら、訳があったとは言え、庶務課の残なし出張なしでは…葉菜に苦労をかける)

お金は必要。いざ家庭を持つとなると真剣に考える。この先、子育て、貯金、老後など考えると上限が無いほど必要になってくる。

俺は会社に行くと、今までと違って雑多な仕事も探し、引き受け仕事の量を多くしていた。葉菜は

「あんまり、無理しなくてもいいのよ」

と言ってくれたが

「俺も男だし、一家を支えられるくらい頑張んなきゃ」

そんな事をしていると、庶務課の課長に呼ばれた。

(いろんな仕事を引き受けて注意されるかな?)

と冷や冷やして呼ばれた会議室に行った。

「失礼します」

「ああ、そこに座って」

「はい…」

何を言われるかと固くなっていると

「君に企画課から来ないか?とお察しがあった」

「えっ?」

「前々から言われてたが、企画課の課長が君の作る資料を気に入ってて

”とても見やすいし、こっちの提案より少しいい感じに仕上がってくるって、是非企画課に欲しい”

って、庶務課としても君に居なくなられるのは困るし断ってたんだけど、君、最近やる気あるだろ?近藤さんのせいかな」

と少し笑いながら語る。

「あっああ、はい…」

嘘もつけず返事をした。それに確かに俺は企画課の仕事に興味があって、資料を渡されるとちょっとしたチョイスもして仕上げてた。

「どう?君の代わりの補充もしなきゃいけないから、すぐにと言う訳ではないけど」

課長に聞かれ

「是非、お願いします」

と返事をした。これで、残業も増える。出張もあるが、かなり給料もボーナスも上がる。葉菜とは職場は離れるけど今さら子供じゃないし、家庭が最優先だ。

 

そんなある日、葉菜の実家から手紙が届いた。あれから、近藤のおばあちゃんと奥瀬のおばあちゃんはすっかり仲良くなって、一緒に遊びに行ったりして繁栄に行き来するようになったようだ。

同封されてた写真には、おばあちゃんふたりとなつさん、美希さんがカラオケボックスでピースをしている姿が写っていた。

「奥瀬のおばあちゃん?全然、前と違うね!」

「そうでしょう」

顔つきもだが、髪も長くキチンと上げていたのにバッサリと切って、服装もTシャツにスラックス。別人のように笑った顔で写っていた。

形は違えど同じ様に悩んで同じ様に子を想った二人は気が合ったんだろう。

「良かったね」

「うん!」

葉菜も写真を見ながら嬉しそうに答える。

「早く、ひ孫を見せてねって書いてあるわ」

「うわ!焦るなぁ」

「まあ、焦らず。ちゃんと探しましょ」

「そうだね」

とは言いつつ、毎日、いい物件はないかと検索したり、休みは不動産屋に行ってみたりしていた。


何もかもが順調で俺は最高に幸せだった。