第28話 お願い

次の日、約束通りにまた近藤の家に行った。おばあちゃんは待ちかねていたように飛び出してきた。葉菜と俺は仏間でパパとママに挨拶して昨日の様に居間に座った。メンバーは昨日と同様だった。


葉菜はそこで、両親の事を話した。高橋さんの事。旅行に行ったこと。運動会。母子家庭になってからの事。俺が知らない話も沢山あった。

それを意気揚々と話していた。葉菜は今まで両親の話をする時はいつもどこか陰りがあったのに、今日はまるで人が変わったように、悲しい事も嬉しい事も、たくさんたくさん話しをしながら、泣いたり笑ったり…他の家族も同様で、俺は入り込めなかった。

(でも、良かった)

俺は幸せそうに話す葉菜の姿を見て、ホッとしながらしみじみと眺めていた。

時刻はだいぶ過ぎ、お昼を食べても続いた。そして、だいたいの事を話し終えた。

「あの子達は、ほんとに幸せだったんだね」

泣きながらも、吹っ切れた顔をしたおばあちゃん。

「それが、救いだね…」

裕一さんもそう息を吐いた。

葉菜も今まで、抑えていた何かを吐き出したように、満足そうな顔をして座っていた。そこへ

「ところで…お願いがあるんだけど…」

遠慮勝ちに切り出すおばあちゃん。

「はい?」

葉菜は、また少し緊張した様子になった。

「昨日、一晩考えてお父さんとも話したんだけど…あの子たちの遺骨をこっちの墓に埋葬させてくれないだろうか?」

突然の申し出に葉菜は、少しの間考えた。そして正座をしなおし手をつくと

「パパとママも喜ぶと思います。でも…パパも一緒でいいんですか?」

「当たり前だよ。夫婦じゃないか。ふたり一緒がいいだろう?事情はあったにしろ近藤の姓を名乗ってくれたし、ウチの代々の墓に入っても何にも問題はない。

お父さんも同じ意見だよ。宏行君の事は恨んだ事もあるが、でも彩自身の考えで付いていって、ふたり一緒になったんだろう。今はもう何も恨んでない。ウチの息子だと思ってるよ」

「じゃあ…生まれた町に帰るのが一番だと思います。どうかよろしくお願いします」

葉菜は深々と頭を下げてお願いした。

「良かった!早速、お寺さんに電話して都合を聞いてくるよ。二人は明後日までここに居るの?」

「はい、でも納骨するのなら休みはまだ一週間ありますし、それが過ぎてても土日ならこちらに来られます」

「早速、電話して都合を聞いてくる」

そう言って、おばあちゃんは急いで立っていった。暫くして帰ってくると

「明後日の三時なら大丈夫だって!お願いしてきた。遅くなるかもしれないから家で泊まっていけばいい」

「ありがとうございます」

「じゃあ、直接お寺さんに行って挨拶を…ああ、先に奥瀬の家に伺わなくちゃいけないね。祐一!車を出して」

「おお」

「お父さん!一緒に行く?」

「当たり前だ」

「あの…僕も納骨に参加させてもらっていいでしょうか?」と徹さん

「もちろんだよ!じゃあ出かける準備を…はなちゃんと涼平君はのんびりしてておくれ。その辺を散歩しててくれてもいいし、すまないね」

「いえ、いいです。お願いします」

急に慌ただしくなった。

「美紀さん、お留守番をお願いします」

「わかりました。気をつけて」

おばあちゃん達は出掛けていった。徹さんも家に帰って行った。残された俺達は座っていても仕方ないので

「葉菜、少し周りを散歩してこようか?」

「うん」

美希さんに伝えて俺達は外に出た。ここは、俺の田舎と違って、田んぼばかりではないが自然はある。風光明媚な観光地だ。ふたりで散策しながら歩いた。

「ここで、パパとママは育ったのね」

「うん、いいとこだね」

「ええ、嬉しいわ」

「葉菜…」

「なに?」

「淋しくない?」

「淋しくないって言ったら嘘になるわ。遺骨なんて魂はもう入ってないと思いつつも毎日、パパとママに話しかけていたから…」

「うん…」

「でも、涼ちゃんも言ってたけど、やっぱり、ふたりとも帰りたかったんじゃないかなって…ママもパパの遺骨を埋葬しなかったのは、いつかパパとこの町に帰ってこようと思ってたのかなって…」

「かもしれないね」

「だからいいの」

「遺骨がなくなったって、私は毎日変わらず手を合わせるし何も変わらないわ」

「そうだね。それでいい。俺も今まで通りに一緒にするよ」


「あっ!そう言えば、実家に電話してない。初日はとにかく無事に着いたか連絡くれって、母さんから言われてたのに…!」

「いろいろ、あったものね。私も一緒に謝るわ」

「大丈夫だと思うけど今から電話するよ」

「そうして」

俺が電話するといつも中々出ない母の携帯が珍しく速攻、繋がった。

「大丈夫かい!」

ジーンと響くような大きな声でこっちが話す前に切り出してきた。

「耳が壊れるわ!」

「ああ…いや、ごめん」

「心配かけてこっちこそ、ごめん。いろいろあって疲れて寝てしまったんだ」

「そんな事はいいんだよ。それで?」

俺は、昨日あった事、今日あった事を掻い摘んで、話した。

「そうかい…とにかく良かったよ」

「また、詳しい話は帰ってから電話するよ」

「そうしておくれ。あっ葉菜ちゃんに変わって」

「うん、はい、葉菜」

「もしもし」

「良かったね。元気で帰ってくるのを待ってるよ」

葉菜は涙ぐみながら

「ありがとうございます。涼ちゃんやそちらの家族の方のお陰です」

「そんな事ないさ。葉菜ちゃんの想いが届いたんだよ。頑張ってね。じゃあ涼にかわってくれる?」

「はい」

葉菜が携帯を俺に返した。

「じゃあ、また連絡するわ」

「うん、ウチの者には電話しない様に言っとくから」

「そうしてくれると助かる」

「みんな、心配してるんだよ」

「わかってるさぁ。でも、話すと長くなるし落ち着いたら、ちゃんと連絡する」

「はいよ。じゃあ体に気をつけてね」

「うん、ありがとう」

そう言って電話を切った。その後、我慢出来ない家族からLINEで

「頑張れ!」コールが何度か入っていた。

葉菜はそれを嬉しそうに見て返していた。暫く回って近藤の家に帰ると子供達が帰って来ていた。美希さんが

「祐一の息子の裕太と絵美です」

「こんにちは、裕太です。小学六年生です」

「絵美です四年生です」

と頭をキチンと下げた。うちのまゆとゆりに比べて高学年ともなると、かなりしっかりしていた。

俺たちも挨拶を返した。

「しっかりしてますね」

と言うと美希さんは

「でも、今ひとつ事情はわかってないのよ。ごめんなさい」

「仕方ないわ。突然、年の離れた従兄弟が来たって言ってもピンと来ないわよね?」

葉菜がふたりの従兄弟を見て声をかける。

「きっと、おいおい解ってくると思いますわ」

と話していると、おばあちゃん達が帰って来た。

「おかえりなさい、奥瀬の家の方は大丈夫でした?」

美希さんが聞くと

「ああ…相変わらず無表情で、

”そちらにお任せします”

と言われただけだったよ…」

「いいじゃん、母さんいろいろ揉めるよりマシだよ」

「確かにそうだね…」

そこで、俺は

「あの…」

「ん?どうしたんだい」

「俺たち、喪服とかそれらしい服を持って来てないので、今日でも明日の午前中でもいいですから、その…買い物に付き合ってもらっていいですか?」

情けない事に、実家に喪服はあるがオカンに用意してもらったっきりで、あまり知識がない。俺はともかく葉菜には、ちゃんとした喪服と仕度をしてやりたかったのでお願いしてみた。

「ああ、そうだよねぇ…突然だもの。今ならまだ、店も開いてる祐一と美紀さんのが若い子のはわかると思うから一緒に行ってきてくれないか?子供達は私がご飯も食べさせておくから、夕食も済ませてこればいいよ」

「そうするよ。美希行ける?」

「大丈夫よ。用意してくるわね」

そして、俺達はふたりの助言で揃える物を揃えて旅館に帰った。