二人が家を出たあと

 「彩が夜になっても、帰って来ない!友達と出かけるといってたが誰だかわからない。大騒ぎになったよ。そこら中を探し回ったり、電話したりしてもわからない。もちろん、警察にも連絡したさ。結局一晩帰って来なくて、彩の部屋に何か手がかりはないかと、探したら机の引き出しに手紙が入っていた。

”お父さん、お母さん、宏行君と行きます。元気でやるから大丈夫よ”

と、お気に入りのキャラクターの可愛い絵がついた便箋に明るく書いてあった。

(何てことを!)

ショックで手紙を持ったまま暫く呆然としてたけど、すぐ宏行くんの…奥瀬の家に行った。旦那さんと奥様がいて

”どういう事ですか?ウチの娘を連れて”

と詰め寄ったが、

”そんな事は知らん!お前んとこの娘がかってに着いてっただけだ。それとも、ウチの息子をたぶらかしたのか?約束された楽な道を捨てていくなんて馬鹿な奴だ!こっちも警察に届けてある。それ以上はどうにもならん!”

私は腹わたが煮えくりかえる思いだったが、この男に何を言ってもわかるまいと、奥様に

”奥様はいいのかい?あんなに可愛がってたのに…”

と聞いてみたが

”本人の意思で行ってしまったんなら仕方ない”

と表情ひとつ変えず返事が来た。

(あんなに大事に可愛がってたのに何故?駄目だ!この人達では!)

私は奥瀬の家を飛び出して家に戻った。警察が来てて、

「何か心当たりはないか?」

と聞かれたので、手紙を見せた。

「家出ですか?そうなると自分達の意思で出て行ったという事で家出人捜査ですね」

淡々と答えられた。もう、自分で探すしかない!手がかりを探して友達という友達を聞いて回った。もちろん仲の良かった徹君ところには、何度も何度も。ふたりから連絡はないかと」

「おばちゃんが来る度に辛かった。でも、ひたすら知らないと通していたけど、あいつらの生活が落ち着いてきて、はなちゃんが生まれて暫くたった頃。

”もういいだろう”

と思って…黙っているのは苦しすぎた。怒られる事を覚悟で…こっそりおばちゃんに話した」

「怒るなんてとんでもない!とにかく無事で生きてるって聞いて、もう嬉しくてね。彩と宏行君に何としても会いたい!邪魔はしないから!と徹君にお願いしたんだよね」

「何度、断ってもお願いされるので、おばちゃんの気持ちを考えると僕も耐えられなくなった」

「それで、二人には内緒で徹君と東京に行ったのさ」

「おばあちゃんが!」

「そう…それで、アパートの前で彩達が出てくるのを待ってたんだよ。何時間か待ってたら、部屋から三人が出てきてね。

散歩でも行くのか親の心配をよそに嬉しそうに笑ってさ、まだ、ヨチヨチ歩きのあんたを真ん中に三人で手を繋いで歩いて行った。

(あの彩が子供を…!落ち着いて母親の顔になって…宏行君もたくましくなって…)

胸がいっぱいになったよ。本当は出来れば連れて帰ろうと思って行ったけど今、無理矢理に連れて帰っても、この幸せそうな家庭を壊す事になる。飛び出して行って引き止めたい!その気持ちを抑えて泣きながら帰った…。

その頃、奥瀬の家の方では跡取りの息子が家出したのをいい事に愛人とその息子が大喜びで、その息子は大学にまで行かせてもらってたのに、それもやめて堂々と会社に入ってきたらしい、もちろん親父のコネでね。自分は次期社長と言い。即、専務の役職づきでやりたい放題で威張ってたみたいだよ」

「愛人も自分の息子は次期社長になると息巻いて本宅にまで出入りするようになって!大したもんだよ!」

呆れたように怒りながら、祐一さんが言う。

「そして、何年かして宏行君が亡くなったと徹君から聞いた。奥瀬の家にも行ったんだよね?」

おばあちゃんは辛そうに徹さんの方に向いた。

「はい、最初に…。親父はともかく、母親の事を宏行は心配していたから…でも、その報告をしても、お母さんは無表情で

”そうかい…”

と言っただけだった。僕は本当に意味がわからなかった。置き去りにして恨んでいるのはわかるが、そこまで、冷静になれるものなんだろうかと…。そして、近藤の家にも知らせに来たんだ。彩と子供の事もあるし」

「それを聞いてこのまま、彩達をほってはおけない。今度こそ連れて帰ろうと、お父さんと徹君とまた東京に行って彩に会ったんだ」

「おばあちゃん達が!知らなかったわ」

「うん、あんたには内緒でって学校に行っている間だった」

「それで、ママは何て…?」

「もう、宏行君もいない、一人で子供を育てるのは大変だ家に帰って来いって言ったら

”宏行が死んで、私だけ家に帰るの?そんな事が許されると思うの?葉菜はあの家の跡取りの娘なのよ。どんな目に合うかわからないわ!

私は今のままで充分よ。葉菜とふたりでちゃんと生きていくわ。これ以上ここに来たり何か言われるのなら、私達、またどこかに行かなきゃいけない。父さん母さんごめんなさい”

って…何を言っても気持ちは変わらないようだった。

そして、彩の言う事もわかる。奥瀬の息子が亡くなって、ウチの子だけが帰って来るなんて許されるのか?

それでなくても、ウチは跡取りの祐一もいるし、はなちゃんは奥瀬の孫でもあるんだ。宏行君が亡くなったから彩だけ帰って来るなんて私達には良くても、いろんな騒動が起こるに決まってる。

彩は、それがわかってるから帰らないんだ。と諦めるしかなかった。彩とは、そこで会ったのが最後だった…」

「母さん達は俺を連れてってくれなかったから、俺は姉ちゃんが家を出てから一度も会わずじまいだったじゃないか…」

「祐一。ごめんよ。あんたは、無理にでも連れ戻そうとするだろ?」

「それは…まあ…」

「それで、その後一年くらいかねぇ。奥瀬の旦那が脳溢血で倒れたんだよ。生死の境をさまよった挙句、助かったらしいんだが、ほとんど動けず喋る事も出来ない。

奥様は、介護はもちろん、ひとつ屋根の下に居るのも嫌がって敷地内に家を建てて、そっちに移り住んでしまったようだよ。介護は全部ヘルパーがしてるみたいだ」

「今日、伺ったらその新しい家の方に案内されました。奥に母屋があるようでしたが、鬱蒼として殆どわかりませんでした」

「そうだろうねぇ。何も出来なくなったあの男に誰も用はないからね。介護人以外は誰も来ないだろう」

「当たり前だ!あんな男」

祐一さんが目をむいて叫ぶ

「それから、愛人の息子は更にやりたい放題でね。親父と同じ。いやそれ以上に遊びも激しくて賭け事、女関係もだらしなくて、金を使いまくって遊んでたらしい。

今まで、旦那の強引な経営で成り立っていた。あの会社も信用がガタ落ちで…おまけにその馬鹿な息子が社長になると言う噂で、どんどん仕事が来なくなり、経営はあっという間に悪化し潰れる寸前まで行った。

更に馬鹿息子の会社の金の使い込んだのがバレて、怒った幹部社員と株主が息子を専務から解任してクビにしたらしい。

他に借金まであった、どこまでも懲りない二人は困り果てて奥様の財産まで狙い始めたんだ。奥様は資産家の娘だから個人的な財産がある。それに目をつけたんだ。それには流石に奥様の実家、そっちも二代目に変わってたんだが、怒り狂って闇の手の者に金を払って愛人とその息子を散々な目に合わせたそうだ。

この町に居れば殺されると脅され、ボロボロの姿で逃げてくのを誰かが見かけたそうだ。それからは、その愛人も息子も見かけた事はない。どこかで、殺されたのかもと噂もあったが、その行方に誰も興味はなかったし、真相はわからないが…今は、奥様のその財産であの家屋を維持して生活してるらしい」

「それから、数年経って彩から連絡があった。病気になった…と」

徹さんは、とても苦しそうな声で体も震えていた。

「僕はすぐ、病院に行き彩に会いに行った。

”徹君、いろいろありがとね。私達、幸せだったよ”

って医者から話も聞いた。もう、どうにもならないと…」

顔は伏せて見えないが鼻声まじりで泣いてるのがわかる。

「何かあったら、連絡をくださいと頼んで帰って来て、おばちゃんにも知らせたけど、間に合わなかった…僕は…僕は…」

それ以上は言葉にならずに、徹さんもみんなも全員が泣き出してしまった。

「こんなに、たくさんの人を悲しませて……ママが

”帰れない…”

って言ってた意味がわかったわ…」

と葉菜も泣きながら言った。

「それでも、あんたに何も知らせずに逝くなんてねぇ。はなちゃんには何も罪もない事だ」

おばあちゃんも泣きながら答えた。

「でも、本当は伝えたかったのかもしれないですね…」

「なんで?わかるの?」

葉菜が聞いてくる。

「ん…あの免許証…意外とわかるところにあったろ?大事な物だろうけど、葉菜に見つかればどこに住んでたぐらいは、わかってしまう。それを承知で、あそこに入れたままにしていた。葉菜のお母さんは話したくても話せなかったんじゃないかな?漠然とだけど…」

「何故?私はママから話して欲しかったわ…」

「帰りたくなるからじゃないか…」

俺は胸が詰まってそれ以上は何も言えなかった。俺にも田舎がある。何かあれば、自分の実家を頼りにしたりする。

帰ることの出来ない故郷…

それを話せば帰りたくなるんじゃないか…?

「そうか…そう思っててくれたんなら、まだ良かった」

おばあちゃんは、ふっと息を吐きながら、ポツリといった。

「だいぶ、遅くなっちゃたね。彩と宏行君の話も聞きたかったのに…」

時刻は八時を回ってた

「おばあちゃん、私も話したいわ。明日も来ていい?」

「そうかい!嬉しいよ。ふたりはどこかに泊まるのかい?」

「はい、二日間は旅館の予約をとってあります」

「良かった。じゃあ、明日も来ておくれよね」

「ええ、是非」

「じゃ、今日は解散しよう」

「あっおばちゃん」

「なんだい、徹君」

「僕も伺っていいでしょうか…」

「もちろんだとも!」

「ありがとうございます」

「何時ぐらいに来れる?」

とおばあちゃんが聞いて来たので、

「朝食を食べたらすぐ来ます。8時ぐらいだと…」

「じゃあ、僕もその位の時間に今日は呼んでくれてありがとうございます。失礼します」

そう言って徹さんは帰っていった。

「俺達も失礼しようか?」

「うん、あっちょっと待って、パパとママに挨拶してくる。おばあちゃん仏間に行っていいかしら?」

「いいとも、行っといで」

「俺も行く」

これは、ふたりの日課だった。葉菜とふたりで仏間に行き手を合わせた。朝も夜もどこかに出かける前も帰って来た時も必ず遺骨の前で手を合わせる。

そして、挨拶して近藤の家を後にした。夕食は出してもらい終わってるので旅館へと直行した。いろんな話を聞いて互いに興奮冷めやらずでほとんど無言で、たどり着いた。部屋に入ると、葉菜が

「いろんな話を聞けて良かった」

とホッとして涙ぐみながら言った。

「うん、良かったね」

「今日も眠れそうにないわ」

「それは、駄目だよ。ちょっと待ってて」

俺はビールを二本。旅館の自販機で買ってきて、葉菜に渡した。

「俺も寝れそうにないから…」

ふたりして、それを飲んだ。アルコールがまわると少し落ち着いて、更に昼間の疲れが出たのか、ふたりともぐっすりと寝てしまった。