第26話宏行と彩
食事が終わりコーヒーを出してくれた。俺たちは、まんじりともせずそれを飲んでいた。そして、祖母が話し始める
「奥瀬の家には行って来ただろ?」
「はい」
「大きな家だったろう?あそこの旦那は小さな工務店を一代で名の知れた大きな建設会社に成長させた、やり手の男でね。その会社を大きくする為には、かなり汚い手も使っていたようだ。
奥様は便宜を図ってくれる代議士の娘でね旦那より10以上も年下なんだけど、いわゆる政略結婚だった。結婚したはいいが子供が、宏行君が産まれると長男が出来たちゅうて、奥様には目もくれず、女遊びを派手にして、
さらに懇意になった飲み屋の女にマンションを買い与え家にも帰らず、そっちに入り浸りだったそうだ」
「そんな…」
「うん…それでね。更にその女の間にも男の子が生まれてそれを溺愛してたみたいだ。
奥様はそんな父親の子だが、宏行君をとても可愛がっててね。
資産家のお嬢様なんだが、息子の為に外でキャッチボールをしたり、公園に連れてきたり、積極的に相手をしてたんだよ。父親参観日も当然出席しない父親の変わりに母親が学校に来てたり、運動会でも一緒に走ったりね。
この町では、その代議士も奥瀬の旦那も嫌われていたが、その奥様の一生懸命な姿を見て、周りの人も感心してて…むしろ同情的だったよ。」
「でも、そんな代議士の娘さんをほっといて、他に女性を作って家に帰って来ないって知ったら、ご実家も怒ってくるんじゃなかったんですか?」
俺は聞いてみた。
「それが、あの男の狡猾なとこでねぇ。その代議士も女癖が悪くて、その弱味を握っていたらしくて代議士と言えばスキャンダルな話は命とりだろ?だから、娘の事より自分の保身の為にあの男が何をやっても、知らぬ存ぜぬを通してたんだ。
ただ、正当な跡取りは宏行君だろ?そこは譲ったら大変な事になる。当然、あの旦那もそのつもりでいたんだが、当の宏行君は父親の会社を継ぐのをひどく嫌がってね、彩を連れて家出してしまったんだよ。その辺は徹君のが詳しいだろ?」
徹と呼ばれたその人は、重い口を開くように話し始めた。
「僕は…子供の頃から宏行と仲が良くて、物心がつく頃には宏行は
”あの男の言いなりにはなりたくない!”
って言い続けていたんだ。中学に入ると彩とも仲良くなって、他の何人かとグループになってよく遊んでいた。その中でも彩は宏行に特に同情的でよく話しを聞いていたんだ。それが恋愛感情に変わったのか、最初から好きだったのはわからないけど…。
とにかく家を出たいということで宏行は、まずは家と離れた大学に行って寮にでも入ろうとしてたんだ。その為に勉強も頑張ってて、成績はいつもトップクラスだった。その方が大学も選べると考えて…だけど、あの親父は、それを許さなかった!
”大学は行かなくていい。そんな金は勿体ない。無駄な知識なんぞいらんから、そのまま自分の会社に入り勉強しろ!”
と、更に7つ年上の女性と結婚しろと話を持ってきた。もちろん、自分に利益のある政略結婚だよ。愛情のない息子は便宜上、会社は継がせるが自分の手駒にしか思っていなかった。
その頃から宏行は家出を考え始めたんだ。高校を卒業すれば、すぐに親父の会社、そして結婚。家出するしかないと…」
そこで、おじいさんが口を挟んだ
「それでも、こっちに留まっていれば何か他に手があったかもしれん!若い身空で無謀な!」
「………確かにそうだったかもしれません。僕もそう言って止めたんです。でも、宏行の決意はどんどん固まっていって、それに彩は着いていくと言い出して、最初、宏行は彩は連れて行かないと言ってたんだけど、彩がどうしても着いてくって聞かなかった。離れてしまえば、どうなるかわからない、彩も必死だった。
それで、止める僕を他所にふたりで行こうと、どんどん話を進めて行ってしまう。
僕は、二つの選択肢に迫られた。最後まで説得して家出したら諦めるか、協力するかのふたつのどちらかを…」
徹さんは両手を握って、とても、辛そうな顔をした。
「どちらかを選ぶしかないなら、協力するしかなかった。知らない内に宏行達が居なくなってしまうなんて、僕には耐えられなかった。そこで、三人でどうやって家出するか考えたんだ」
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[宏行と彩の家出]
三人はいつもお寺の隠れた場所を選んで相談していた。
「徹、ごめん…。でも、助かる」
「もういいさ。俺も腹をくくった。それでどうするんだ?」
「まずは、すぐ見つかって連れ戻されれば、二度とあの家から出られなくなるだろう。出来るだけわからないように家を出て遠くに行ってしまうしかない」
「誰か知り合いとか、当てはあるのか?」
「ない!知り合いとかはあっても辿ればわかってしまう」
「それが、どれだけ無謀かわかってるのか?」
「もちろんだよ。でも、あの家を出るには、それしかないんだ。俺も、もうすぐ高校卒業だ。それと同時に出るつもりだ」
「彩は、高校を卒業できないだろ?」
「そんな事を言ってたら、宏君は他の人と結婚させられちゃうわ!」
「お母さんはどうするんだよ!お前を大事に育ててくれたじゃないか」
「母さんには…。悪い事をするよ。どう詫びたらいいかわからない」
宏行は、その時、初めて目の前で泣いた。
(それでも、家を出る決心は硬いんだな…)
「わかったよ。じゃあ綿密に計画を立てよう。失敗すれば後はない」
決行は、彩が春休みに入ってすぐ。大きな荷物を持って出れば怪しまれる。でも、最低限は必要だ。自分には春からの就職で通勤の為の車がある。自分が遠くの駅のコインロッカーに行って。ふたりの荷物を入れてくる。
「俺が、ある程度の所まで送って行こうか?」
「後でお前の所に何か聞きに来るに決まってる。その日、できるだけお前は人の目にたつ所に居て、関係性がわからないようにして欲しい」
「わかった。俺の会社の説明会がある。その日なら知り合いも入社するし俺のアリバイは歴然だが」
「じゃあ、その日にしよう」
卒業と春休み直前に全ての計画は立った。
「それまでは、あまり会わないようにしよう。お前が怪しまれる」
「うん、前日に離れた駅のコインロッカーに荷物を置いて鍵を渡すよ」
「ああ、ここで会おう」
そして、別れの前日になった。宏行と彩の荷物を置いてきてお寺に集まった。ロッカーの鍵を渡して、そして
「これを持って行ってくれ」
「これって…携帯電話!こんなの受け取れない。通話代も払えないし」
その頃、携帯電話は出始めで高価な物だった。
「連絡が全く取れなかったら困る!必死にアルバイトして買った。俺も就職すれば何とかなる。ポケベルとも考えたが、自宅の電話は怪しまれるし手紙も送れないだろ?持っててくれ。そしてそれで連絡をくれ。ちゃんと生活出来るようになったら変わってくれればいい」
「うん、わかった!ありがとう」
「あと、約束って言うかお願いを聞いてくれるか?」
「何を?」
「もし…この先、お前達が許される時が来たら、この町に帰って来て欲しい」
「そんな事はないと思うが…」
「先の事はわからないだろ?もしだよ!」
「了解!約束するよ」
「気をつけて行けよ…」
「ああ!」
自分は不安だらけなのに、二人にはそんな気配もなく、むしろ嬉しそうに意気揚揚としていた。
会社の説明会の日が来た。その日は曇りで今にも雨が振りそうだった。
”あいつら、傘を持って行ったかな…雨降らなきゃいいが…
ぼんやり、考えながら話は全く耳に入って来なかった。
そして、二人はこの町から去って行った
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「その後は、携帯でたまに連絡を取り合った」
(それで、葉菜の名前や亡くなった事が伝わった訳なんだ)
「あんたが、反対してくれれば…協力なんかしなければ失敗して行けなかったかもしれないのに!親父の言う通り、ここに留まっていれば何か変わる事もあったかもしれないのに!」
祐一さんが叫ぶ。徹さんは、それを聞いて、また小さくなって俯いていた。