第25話 近藤の家
車を走らせて10分も経たずにそこへ辿り着いた。それらしき家の前に車を止めて表札を確認すると
『近藤』と表札があった。
葉菜と門扉の前に立つ、ここの家も奥瀬の家ほどではないが母屋、離れ、庭とそこそこに大きい。やはり、さっきの事もある。少し躊躇していると、中から人の声が聞こえてきた。
「おかあさん!待って落ちついて!」
「これが、落ちついてられるかい!」
ガタガタ!バタバタ!
何か揉めてるような……葉菜と顔を見合わせる。
「何か立て込んでるのかな…?」
明日にするか、もう少し時間を置こうか迷っていると
”バタン!”と言う音と共に玄関の扉が開いた。中から人が走り出てきた。
(しまった!)
と思った時には、もう遅かった。目の前に初老の女性が走り出てきて、思いっきり俺たちと目があってしまった。
(もう、挨拶するしかない!)
葉菜もそう、思ったのか、
「あっこんにちは突然…」
と言いかけるが早いか、女性は門の扉を開けて出てくると
葉菜の腕を掴み
「はな、はなちゃんだね!」
(!!)
「あっ…はい」
「会いたかった!…待ってたよぉ」
女性は泣きだした。
(あっ!なつさん…)
多分、連絡しておいてくれたんだ。女性は、葉菜にすがりつくように泣いていた。葉菜はどうしていいかわからず、何か声をかけようかとオロオロしていると、後ろから若い女性がもうひとり出てきた。
「おかあさん、中に入っていただきましょうよ」
「そうだね!こんな所で…早く早く家へ!」
そこで、葉菜はどうしても気になっていたらしく
「あっあの、今日は母の遺骨も一緒に」
と慌てて言った。
「母?…彩の遺骨かい!」
「はい…父もですが…」
「そりゃすぐに、降ろしてあげなくちゃ」
「あなた…?お願いしていいかい?」
と俺を見て哀願するような表情で声をかけて来た。
「はい、すぐに…」
「あっ車はこっちの駐車場が空いてるから入れて、遺骨を降ろしてくれるかい?」
「わかりました」
俺は一旦車に乗り、言われた場所に車を停めた。そして、降りてすぐ後部座席を開けた。それと同時に女性は駆け寄って来た。桐の箱はしっかり固定してあったので、少し時間がかかったが、それをずっと見つめながら
「きちんとしてきてくれたんだねぇ。ありがとう」
と泣きながら言っていた。箱を外して車から持ち出すと
「家の中にお願い」
と言われたが、すぐに葉菜が
「あの…パパのも一緒で…」
「宏行くんだろ?いいよ、いいよ。夫婦なんだから一緒に入れておやり」
女性は、家の方へと促しながら俺の持つ桐の箱にぴたりと寄り添い着いてきた。家に入ると
「みきさん、みきさぁん、仏間にテーブルを出しておくれ」
「はい、今すぐ」
挨拶もできずに仏間に通され、出してくれたテーブルの前に桐の箱を置いた。葉菜は祖母であろうと思われる人と一緒に「こっちがパパでこっちがママ」と説明しながら中から遺骨を大事そうに出した。
そして、ろうそく、線香に火を灯し、その人は手を合わせた。俺達も後ろで手を合わせた。
「こんなに姿になって、ようやく帰って来て!ほんとに親不孝な子だねぇ!あぁぁ」
泣き伏した。俺達は戸惑いながらその様子を見ていると、さっきの若い女性が来て耳元で
「今は、ひとりにしておいてあげましょ」
とそっと声をかけてくれた。俺達もその方がいいと静かに腰を上げ仏間から出た。女性は
「こちらへ」
と居間の障子を開けてくれた。
「どうぞ、こちらに座って下さい。あっ!私はここの嫁の美希と言います」
「近藤 葉菜です」
「葉菜さんの婚約者で酒井 涼平と申します」
ふたりして頭を下げた。
「初めまして。今、お茶を持ってきますね」
「ありがとうございます」
俺達はようやく、肩の力を緩めて互いを見た。まだ、何もわからないけどとにかくここでは、何か話を聞けそうだ。
ふたりとも安堵の面持ちだった。ただ考える事はたくさんあった。葉菜は何も知らされてなかったが、こっちの人は、ふたりとも亡くなっているのを知っていた事。葉菜の名前も知っていた。
(とにかく、これからわかるだろう…)
俺は出してくれたお茶を飲んだ。いつの間にか喉がカサカサに乾いていた。暫くして目を赤くして多分…葉菜の祖母がやってきた。
「美希さん。裕一に連絡を…」
「今、しましたよ。お義父さんは川に釣りに行ってるだろうから、帰りに連れてくるって」
「ありがとう。そうだ!徹君にも連絡しなくちゃね。ちょっと待っててくれるかい?」
「はい」
いろいろ名前が出てきて俺たちはまた緊張し始めた。少しして、女性が戻ってきて、また、俺たちの前に座った。
「遠い所をありがとうね。私は彩の母親で紀子と申します」
と頭を下げた。
「初めまして、突然すみませんでした。彩の娘の葉菜です」
「僕は婚約者の酒井 涼平と言います」
とこちらも頭を下げた。
「今、父親の信夫と息子で彩の弟の裕一がこっちに向かってる。後、孫の裕太と絵美でここの家族全員だよ」
つまり、この紀子さんが葉菜の祖母。信夫さんが祖父。祐一さんが叔父。美希さんは叔母。子供達が従兄弟になる訳なんだな。聞いたことを整理した。
葉菜のおばぁちゃんは、葉菜をしげしげ見て
「あの…近くに行ってもいいかい?」
と聞いてきた。
「あっ…どうぞ」
おばあちゃんは葉菜の近くに来て座り葉菜の顔をじっと見た
「ああ、目は彩に似てるねぇ。鼻筋が通った所は宏行君かね。触ってもいいかい…?」
「ええ」
おばあちゃんは、両手で葉菜の頬にそっと手を当て
「あの子達の子だ!可愛いねぇ。幸せそうな顔してる。あの彩がこんなにいい子を育てるなんてねぇ」
涙ぐみながら葉菜の顔、頭を撫でていた。
「あっあの…」
「あっごめんよ。図々しくて…」
「いえ、違うんです。あの…おばあちゃんって呼んでいいですか?」
「もちろんだとも!あんたのおばあちゃんじゃないか」
葉菜は、そう言われると嬉しそうに恥ずかしそうに
「おっ…おばあちゃん」
とちっちゃな声で呼んだ。
「なんだね?」
優しげに、おばあちゃんが答える。
「私、おばあちゃん、おじいちゃんって呼べる人がずっといなくて…周りの友達は
”おばあちゃんとこに行く”とか
”おじいちゃんと遊んでもらった”
とかいつも他人事で、その…嬉しくて…」
葉菜は涙ぐんでいた。
「そうかい、そうかい。確かにあんたは私の孫だよ。遠慮なく、おばあちゃんと呼んでくれ」
「はい」
葉菜もおばあちゃんも張り詰めたものが切れる様に泣き出してしまった。俺は、ただ、ただ良かった。と心の底から思って見ていた。そして、おばあちゃんは俺の方を向くと
「婚約者さんかい?素敵な相手を見つけて来たんだね」
「はい、今日ここに来れたのも彼が、両親の家を探して行こうって言ってくれたからなんです。私ひとりなら、とても…」
おばあちゃんは俺の所に来て手を着いて
「孫を、娘と息子を連れてきてくれてありがとう」
と深々と頭を下げた。
「いっいや…そんな…僕は彼女が両親の事を知りたがってたから来たまでの事です。こちらこそ、歓迎してくれて感謝しています」
と同じく頭を下げた。
「素敵な彼を見つけて、幸せなんだね」
「はい、幸せです」
葉菜は迷わずそう答えてくれて、俺はそれが嬉しかった。そこへ
「母さん、ただいま!父さんも連れてきたよ!」
ドタドタと足音がして、誰かが部屋に入って来た。
「姉ちゃんの子供って本当にか!」
と言いながら声の主は居間に顔を出した。俺は流石にこのシチュエーションはどうしたらいいかわからず、思わず立ち上がって固まってしまった。葉菜もだった。
「あっあの!突然申し訳ありません」
と頭を下げた。
「なんだよ!あんた!ふたりもとびっくりしてるじゃないか!」
「あっごめん。弟の祐一です。どうか座ってください
そして、後ろを振り向き
「親父」と声をかけると、後ろから初老の男性が出てきた。
「初めまして、彩の父の信夫です。遠い所をどうも」
決して嫌味な感じではなかったが、静かに挨拶をして座った。
「美希、子供達は?」
「いまさっき私の実家に遊びに行かせたわ」
「その方がいい」
祐一さんは、そう答えた。そして、呼び鈴が鳴る。おばあちゃんは慌てて玄関へと向かっていった。
「いらっしゃい。さぁ中へ」
そして、今度は40代位の男性がやって来た。その瞬間
「徹さんも呼んだのかよ!」
祐一さんはあからさまに嫌そうな顔をした。
「当たり前だろ!いろいろ知ってるんだから!さぁ徹君こっちにお座り」
そう奥に促されたが
「いえ、僕はここで…」
と入口のすぐ横の隅に座った。裕一さんは、プイっと目を反らし徹さんと呼ばれる人とは反対方向に体を傾けた。
「昼ご飯がまだだったね」
「出来てますよ」
「美希さん、ありがとう。じゃあ、話も長くなるから済ましてしまいましょう」
そして、俺達は昼ご飯をご馳走になった。葉菜も俺も正直喉に通らない心境だが、何とか食べ終えた。