第24話 両親の故郷

決行の前日、俺は仕事が終わると一旦自分ののアパートに帰り車を取りに行き、葉菜のアパートの近くのいつもの駐車場に止めておいた。準備は前々からしてきたのでする事もない。葉菜が必要な物を再度チェックしておいてくれた。

そして、寝に入ろうとするが、当然二人とも眠れない。何か話をしようにも明日の話になってしまうし、逆に落ち着かなくなる。俺は起き上がり

「もう、あっちに向かわないか?早めに着いて休んだ方が落ち着く気がするよ車の中だけど…」

「そうね…その方がいいかも」

葉菜もすぐ起きた。車をアパートの横につけ、荷物を載せた。最後に桐の箱に入れた。両親の遺骨を載せて揺れないようにしっかりと固定した。

「ちょっと、窮屈いけど少し我慢してね」

と葉菜が声をかけていた。

時刻は22時。渋滞を避けられるので、大分早く着くが家にいるよりも気は紛れる。

「眠くなったら寝てもいいよ」

「うん、今んとこ大丈夫」

他は、ほとんど喋らなかった。目的地近くのパーキングエリアまで着いた。時期的には暑くも寒くもない、一番過ごしやすい季節だ。そこまで行くと二人とも安心したのか車中で眠ってしまった。

気がつくと周りが明るくなって、夜が明けていた。それでもまだ5時ちょっと過ぎ、天気は良さそうだ。パーキングエリア内のコンビニで俺はコーヒーを買ってきた。帰ってくると葉菜も目を覚ましていた。

「おはよ、眠れた?」と聞くと

「うん…」と緊張気味に答えた。

「はい、コーヒー」と葉菜に手渡した。

「ありがとう」

その後、朝食をして時間を潰し、8時過ぎてなら誰かしら起きているだろうと目的地に辿り着いた。


 大きな家だった!もう、屋敷と言っていいだろう。表札を確認する。

『奥瀬』

間違いない。周りは高い塀で囲まれ立派な門構え。門の横には勝手口。

予想以上の家に俺たちは戸惑った。しかし、つっ立っていても仕方ない、

「呼び鈴を押すよ。俺が話そうか?」

「ううん、いいわ。私が話す」

「じゃあ」

葉菜はゴクリと唾を飲み込み決心すると、インターホンの呼び鈴のボタンを押した、暫く待つと

「どちら様ですか?」

とちょっと年のいった女性らしい声の応答があった。カメラ越しに俺達の様子はわかるだろう。声は訝しげな感じだった。

「私は、宏行の娘の葉菜と言います。突然、申し訳ありません」

暫く間があって

「宏行…!坊ちゃんの!ちょ…ちょっとお待ち下さい!」

慌てたその女性の声はインターホンから途切れた。

「坊ちゃんって…」

葉菜が心配そうに呟く。

しばらく待つと勝手口から、さっきの女性とおぼしき人が出てきた。

「あの…お名前をもう一度…」

「宏行の娘の葉菜と申します」

「そちらさんは?」

「あっ婚約者の酒井 涼平と申します」

ふたりして頭を下げた。女性は胸に手を当て興奮を冷ますかのように呼吸をして

「ひとまず、中へ…」

と門を開け案内してくれた。門から中に入ると立派な外観とは違い庭は手入れされてなく、木々は伸び放題、草も刈らずで鬱蒼として母屋は屋根ぐらいしか見えなかった。そこに続く細い道だけが開いていた。

そのまま、母屋に向かうのかと思ったら、途中で

「こちらへ」

と案内された。そこには、平家だが新しい家が建てられていた。そして、その家の周りだけ綺麗に手入れされ植木や花が置いてあった。

「どうぞ」

と手招きされ、その家の玄関に入っていった。そして、靴を脱いでる時に玄関の下駄箱の上に俺はある物を見て気になったが、今は話してる場合でないのでそのまま家に上がっていく事にした。

「お邪魔します」

そう言って案内されるまま行くと。居間に年配で、とても落ち着き品のある女性が座っていた。

「こちらへお座りください」

そう促され座ったが、その夫人は俺たちを明らかに冷ややかな視線で見つめていた。

「初めまして、宏行の娘で葉菜と申します。突然すいません」

「婚約者で、酒井 涼平と申します」

座るとさっきの女性がお茶を出してくれた。

「ありがとうございます」

と二人して頭を下げてお礼を言った。

「今日はなんの用だい」

挨拶もなく冷たい言葉が飛んできた。俺たちは、その様子にすっかり萎縮してしまった。

(何の用と言われても、ただ会いにきて話を聞きにきただけなのに…)

「あの、今日は、宏行さんの事を聞きたくて…」

俺から口を開いた。

「聞きたいって、あなたたちの方が知ってるだろうさ、アレはもうこの家の息子ではない。死んだんだろ?」

亡くなった事は知ってるんだ。それも何故だかわからなかった。

「財産狙いかい?今更じゃないか?貴方が宏行の娘で、うちの孫だと言う証拠はあるのかい?」

その言葉に葉菜はショックで押し黙ってしまった。俺はその様子が悲しくて

「彼女は何も知らなかったんです。この家の事も何もかも!両親から知らされていなかったんです。この免許証を先日見つけてこちらに伺わせてもらったんです」

俺は、鞄から免許証を出して机の上に置いた。その免許証をチラリと一瞥した夫人は

「そうかい、悪いけど話す事は何もないよ」

と黙りこくってしまった。終始冷ややかなこの感じでは、取り付く島もない。

(何故、通してくれたんだろう?)

不思議に思った。それにしても、葉菜が財産狙いだなんてこれ以上思われるのは辛い、葉菜もそう言われて心が折れて言葉を失っている。

それに、この厚い壁の様に冷たい目線の夫人の態度から、もうこれ以上何も聞き出す事は出来ないと判断し

「何かお気に触ったのなら、すいません。これで、失礼します」

「そうかい?なつさんお帰りだよ」

さっきの女性は居なくなっていた。

「いえ、見送りは結構です。お邪魔しました」

立ち上がって一礼をして、部屋を出て玄関から外にでた。門から外に出ると、俺たちは深呼吸をした。中では息をするのもはばかられるほど、緊張していた。


しかし、出たはいいが困ってしまった。歓迎されない事は予想していたが、まさか財産狙いだと思われるなんて予想外だった。いや、予想してくるべきだっただろうか。あわよくば、葉菜の母親の実家も聞けたらと思っていたが、とても、無理そうだし…。

近所に聞いて回ろうとも思ってたが、さっきの言葉が突き刺さる。こんな大きな家の孫が帰ってくれば、財産騒動はありうる。ましてや、家出した息子の子供なんて、ひょっこり現れれば、邪魔者以外の何者でもない。下手すれば命だって狙われる。

最初っからこの家をすべて、あてにしてきた訳ではない。無くなってる場合もあるし、もし無ければ近所に行って聞こうと考えていたのに葉菜の立場が微妙となると

「奥瀬 宏行の娘」

と名乗って近所を回るのは得策でない。それを伏せて聞くしかない。

(なんて聞こう…)

俺が考えてる様子を見ては葉菜は

「もういいのよ。パパの育った家を見れただけで…」

「そうは、行かないよ。せめて、お母さんの家も探した方がいい」

次に行く指針が見つからず、考えていると、勝手口のドアが開いた。

(しまった!いつまでもここに居てはいけなかった)

と思い、慌てて葉菜を促そうとする。勝手口から出てきたのは、さっきの「なつさん」と呼ばれていた女性だった。そして、俺達を見ると

「良かった!」

と言って駆け寄ってきた。

「あの…先程こちらには、何も知らずに来られたとおっしゃってらして…」

「はい」

「じゃあ、近藤の家にはまだ?」

(近藤?近藤で良かったんだ!)

少し明かりが刺した。

「はい、場所も何もかもまったくわからずで…」

「じゃあ、これを」

そう言って、葉書を差し出してくれた。年賀状だ!

「これ、ママからパパへの年賀状だわ!」

葉菜はその年賀状を手に取り、しげしげと見つめていた。

「はい、坊ちゃんの荷物の中にあったと覚えてたので、慌てて探して参りました」

「ありがとうございます!」

俺はぶんぶんと頭を下げた。

「奥様の事は…どうかお許しください。お気をつけて…じゃあ私は失礼します」

そう言って深く頭を下げて、慌てて戻って行った。

年賀状を見せてもらうと、何気ない挨拶と送り主の「近藤 彩」葉菜のお母さんの名前と住所があった。

(助かった!)

「葉菜、行こう」

「うん」

車に乗りナビに住所をセットした。しかし、ここで少し葉菜に確認をした。さっきの様な事もまたあるかもしれない。

「大丈夫かい?少し休んでからでもいいし…」

「大丈夫、もう、いろいろ迷ってたら、余計に怖くなるわ。追い返されたらそれはそれで、後は楽しく遊んで帰りましょ」

少し眉をひそめて、無理して明るくいった。

「わかった」

俺は車を目的地に走らせた。