第33話 闇

そんなある日、会社の健康診断の結果が来た。

無念にも再検査の通知。

(なんだ?)

最近、少し疲れやすい所はあったが、特に何か悪いと言う感じは無かった。しかし、再検査の結果を会社にも提出しなければならないし、何よりも、結婚という大事の前に体を壊したくない。前に、しくって死にかけたので、俺は、早々に前に肝炎で入院した病院で再検査を受けた。

一週間後に結果が出るとの事だった。

その結果が出ると言う前に病院から電話があった。

「もう少し、詳しく検査をしたい。検査入院と付き添いの方を連れてきて下さい」

俺の中で言い知れぬ、不安が広がる。いつも一緒の葉菜に内緒にしておく訳もいかないので、一応、話をした。

「私が着いて行くわ」

と頑張ったが、

「会社に迷惑だから…」

と言って、実家の母に頼んだ。一旦、病院に近い自分のアパートに帰った。


そして、検査入院をし検査結果を聞くため母と一緒に医者に呼ばれて個室に入る。

掻い摘んで言えば。

俺の、命の期限は後、半年か一年?

今後の治療法などを医者が目の前で普通に、説明してるのを母と一緒にテレビの画面でも見るように、聞いていた。

(こんな時、医者は普通に話せるんだな。まぁ医者にとっては、日常的な事だもんな…それに悲劇的に言われてもなぁ)

と、まるで他人事のようだった。

アパートに帰る。俺も母さんも始終、無言だった。いつの間にか、孝兄が来ていた。俺は放心した状態で何も言えなかった。


 

ただ、俺の周りから全ての夢が消え去り、闇の中にいた。


 

どれくらい時間が経っただろう。俺は口を開いた。

「母さん、孝兄、俺…。実家に帰ってもいいかな…?」

「あっ…もちろんだよ。帰っておいで…。あの…葉菜ちゃんは…?」

「……今、呼ぶよ」

「私達は外に居た方がいいかね?」

「どっちでもいいよ…」

携帯をみると、葉菜から何度も着信とLINEが来ていた。俺は電話だけして、ここに来るように頼んだ。

暫くして、葉菜はとんでもない早さで俺のアパートに来た。

ドアの音が

”バタンッ”

として葉菜がいた。

(タクシーで来たのかな…?)

俺の顔を見て、ただならぬ事を察知した様子だった。

「座って…」

俺の目の前に座る。俺は自分の病気と余命を、医者の様に普通に話した。そして

「別れて欲しい…」

「えっ!あの…あの…」

「ごめん、葉菜。山下さんの時のように、たくさん泣いて、俺の事は忘れてくれ」


どれだけ残酷な事を言ってるのかは、わかっていた。

「あっ…そんなの…いやよ。私は私は…」

泣きながら必死にすがってくる葉菜。俺はその、両腕を掴んで離すと

「ごめん、葉菜!俺は実家に帰りたい!前にも言っただろ?いつか実家に帰りたいって…。少し早くなったけど…葉菜とは、まだ籍も入れてない。君を連れて行く事はできない。だから…ごめん…」

そう言うと葉菜は力を無くして崩れ落ちた。

「あの…うちは…」

「母さんは、黙っててくれ!」

俺はそのまま、後ろを振り向いて、葉菜に背を向けた。

「孝兄、悪いけど葉菜を送ってくれないか?」

「あっああ…」

机の椅子に座って、葉菜の住所とアパート名を紙に書いて、車の鍵と一緒に、葉菜を見ないように孝兄に渡した。

「ここを、ナビに入れれば行けるから…」

そして、また背を向け椅子に座った。

「葉菜ちゃん、行こう」

葉菜の声はしなかった。俺は両手で耳を塞いだ。遠くに


”パタン”


とドアが閉まる音が聞こえた。


 それから、俺は母と孝兄に手伝ってもらい、引越しの日を決めた。転院の手続きもあるので、一ヶ月後となった。

始終、淡々と過ごし、病院へと行き来した。荷物もさほどない、できるだけ自分で箱に詰めた。

会社にもすぐ、連絡し、退社の旨を話した。今の会社には、世話になったし挨拶にも行きたい所だが、理由が理由だけに、やはり郵送で全ての手続きをする事にした。

何よりも葉菜に会いたくなかった。

そして、一ヶ月…。

残りの荷物を載せ、孝兄の運転で長年住んだアパートを後にした。


いつも、自分で運転をして、行き来していたので俺はゆっくりその景色を見る事は無かった。車の窓から遠ざかっていく、乱立されたビルを見ながら


(あんな所にいたんだな…)


と改めて思った。そして、その景色もやがて、見えなくなり、俺はまた、放心した状態で実家へと向かった。