第14話の 実家へ向かう

そして、年末の休みになった。

出発の前日、葉菜は、宿泊用の荷物を詰めるのに必死。あれやこれやで大荷物になってくる。俺は実家に着替えもあるし、ほぼ手ぶら。

「そんなにも、いるのか?」

「女子の移動は大変よぉ…それに、あっちは寒いんでしょ?」

「うん、まぁ」

「じゃあ、下着とかコートもしっかり持ってかなくっちゃ」

とバタバタ!ふぅふぅ!言いながら荷物を詰めていた。

俺は呆れて見ながらも、実は葉菜と一緒に実家に帰れるのを楽しみにしていた。

そして、次の日は、帰省の渋滞に引っかかっらないように、夜明け前には出発し実家へと向かった。いざ、車が動きだすと葉菜は色々と考えてしまうらしく、いつもと違ってあまり喋らない

「緊張してる?」

と聞くと

「してるわよ…!涼ちゃん、あまり家族の事を話さないし…」

確かに、葉菜には家族がいないので、あえて避けている所はあった。

「今から緊張してたら、着く頃にはヘトヘトになっちゃうよ」

「だってこの間、お母さん怒ってらしたし、私のせいで、涼ちゃんは、ずっと家に帰らなかったし…時折、お母さんは酒井家、最高権力者って言うじゃない…」

「あぁ、あれ?まぁ、確かにそうだけど、それには理由があるんだ」

「理由?」

「うん、元々、母さんは跡取り娘では無かったんだ。兄、つまり俺の叔父さんにあたる人がいたんだ」

「その人はどうしちゃったの!亡くなっちゃったとか?」

「違う!バックれた」

「バックれたって、逃げたって事?」

「そう、子供の頃から長男、長男って、何かにつけ、ちやほやされてたのに、

”農家なんか継ぐか!”

って、家出しちゃったんだな」

「うちの両親みたいに、ホームレスとかになっちゃったとか?」

「いや、違うよぉ。家の預金を全部、おろして知り合いを頼りに消えちゃったみたいだから…」

「あら、それじゃあ、泥棒と同じじゃない」

「そうだよ!専業農家のウチでは収入が安定しないので、現金は大切で、いろいろ切り詰めて貯めたお金だから、じいちゃんたちは激怒で

”あの馬鹿息子には二度とこの家の敷居をまたがせない!”

って、その変わり今まで放ったらかしに育てた、妹の母さんに白羽の矢をたてたんだ

”婿養子とって、家の跡を継ぐんだ!”

って言い出して、母さんは猛反発したらしい

”今まで、お兄ちゃんお兄ちゃんってなんでも優先して!絶対やだ!私はお嫁に行くのよぉ!”

”嫁に行くって相手おるのか!”

”いないわよ!でも探すわよ!”

”何、わがまま言ってんだ!酒井家存続の危機なんだぞ!お前しかおらんじゃないか!

それから、じぃちゃんばぁちゃんは、鬼のように次から次へと見合い話しを持ってきて、母さんは母さんでことごとく、断ってたらしいんだ。」

「凄い戦いね」

葉菜は目を丸くして聞いていた。

「そう、それで、何度目かのお見合いで、父さんが来たんだって、

”三人息子の三男で、そして、妹が生まれて、親はそっちばかり、僕は特にいらない子って感じで育てられた。見合いも厄介払いみたいなもんだし、断ってくれていいんだ”

って聞いて、そんな境遇に同情も湧いたらしく、話も合うから何度か会ってみたんだって、それを、じいちゃんばあちゃんが、チャンスとばかりに見逃さず話をどんどん、強引に勧めていって、とうとう、父さんを婿養子に貰い母さんが酒井家の跡をとったって訳。

更に孝兄が生まれて、長男跡継ぎ、万々歳で、一応、じいちゃんばあちゃんも納得で母さんには、頭が上がらなくなったってわけ」

「それで最高権力者なんだ」

「そう、まぁ、それだけじゃなく、無理矢理に継がされたけど、じいちゃんが病気になって亡くなるまでの看病や、今、痴呆のばぁちゃんの世話もちゃんとやってるからね。他もいろいろあるけど、俺としても尊敬はしてる」

「じゃあ、酒井家は、お母さんが跡を取った方が良かったのね?」

「うん、叔父って人はあまり知らなかったけど、一度だけ会ったな」

「えっ?帰ってきたの?」

「じいちゃんの葬式にね…奥さんみたいな女の人を連れて、俺が高校の時だった」

「じゃあ、両親の事は気にかけていたのね?」

「それが、違うんだ」

「違うって?」

「最初は、みんな、そう思って感心してたんだ。それで、葬儀後の会食になって、時間が過ぎてくと、だんだん、叔父は落ち着かなくなって、とうとう

”悪いんだけど、俺も忙しくてね。そろそろ、遺産の分け前を頂きたいんだが…”

って言い出して、その場の空気が一瞬にして凍ったよ。そんで、その頃はまだ、ばぁちゃんはしっかりしてたから

”何だ、お前!葬式に帰って来たから、少しはまともになったかと思ったら!ほんとにろくでなしだね”

”そんな事を言ったって、俺はここの長男だから当然の権利だろ?”

って」

「まぁ、それちょっと、おかしくない?お金を持ってちゃったんでしょ?」

「そう、ばぁちゃんも呆れて、怒り出して

”ふざけんじゃないよ!金を勝手におろして親も土地も何もかんも捨てていって!今さら何だい!”

”うるせぇ!貰えるもの貰ったら、さっさと消えるから、とっとと俺の取り分を寄こせ!”

”財産なんか、わしの年金くらいで、金はほとんど無い!土地や家屋は生前贈与してるから、お前にやれる物なんて何もないよ。ほれ、ワシの年金から小遣いやるから、帰んな”

ってばぁちゃんは、財布から小銭を出して叔父の前に投げつけたんだ」

「わぁ、おばあちゃんも気の強い人なのね!」

「うん、それで、その金を見て叔父が更に逆上して

”こんな、はした金を貰いに来たんじゃねぇよ!くそババア!この、土地やら家を売って、さっさと金を作れや”

ってばぁちゃんに詰め寄ってたんだ。そこへ、孝兄が止めに入ったんだよ。

”おじさん!やめてください!”

”ああ?何だお前?”

”妹の…幸恵の…息子です”

”はっ?幸恵の息子?お前が俺の財産を取ったのか!このやろう!”

おじさんは、考兄に殴りかかったんだ。」

「えぇぇ!酷いわ」

「だけど、そこで葬儀に参加した村のおじさんが、叔父の腕を考兄から離したんだ、凄い力でね

”なっ何だ!あんたには関係ないだろ!ウチの問題だ!

”いやぁ、そう言われてもねぇ、これって、暴行、恐喝でしょ?”

”はっ?何、おまわりみたいな事を言ってんだよ!これくらいの事じゃ何も証拠も残らねぇし、捕まらねぇよ!

”でも、現行犯ってあるだろ?”

”ああ?どこにおまわりがいるってんだよ!”

”私です”

”へっ、何て…?”

そこで、ばあちゃんが

”その人、この村の駐在さん”

お茶をすすりながら平然として言った

叔父は、ばぁちゃんとそのおじさんの顔をキョロキョロ見て、どんどん顔色が変わっていった。

”その様子だと、他にもいろいろ余罪があるのかい?ちょっと駐在所まで行こうか?”

”あっあっあっ!”

オロオロした叔父は渾身の力を振り絞って駐在さんの手を振り払い

”おい!帰るぞ!”

って女の人に声をかけて、荷物を持って慌てて逃げようとした。駐在さんが捕まえようとしたけど、ばぁちゃんが

”駐在さん!もう、いいよ。これ以上、この、馬鹿息子に関わりたくない”

って、確かに捕まえても、大して罪にならないし、後々、また面倒になる。

”じゃあ、また来るといけないから、接近禁止命令とかの手続きとかはしておきましょう。ここに来たって事は誰か居所は知ってるでしょう?”

”ああ、ワシだ…”

それは、近所に住む、松田のじっちゃんで

”あいつ!親に何かあったら教えてくれ!俺も長男だ。助けに駆けつける”

って言ってたから教えてやったのに!まさかこんな事になるとは!すまんかった!”

じっちゃんは、めちゃめちゃ頭を下げて謝った。

”松田さんは悪くないさね。あの馬鹿に騙されたんだよ。気にしないでおくれ”

”確かにそうだ、じゃあ、連絡先とかを聞きたいから後で駐在所までお願いします”

”わかった。すまねぇ”

じっちゃんは、すっかり肩を落としてしまってね…それが一番ムカついたな。じっちゃんは、一人暮らしで、誰かに頼られて嬉しかったんだろうに、それを踏みにじって!」

「ほんとに酷い人ね!私までムカついて来たわ!」

まぁ、あの後は駐在さんがいろいろと手を回して、もう、見た事ないからいいけど」

「良かったわ」

ホッとしたように葉菜は言った。

「そう言えば、”さちえ”ってお母さんの名前?」

「そう、家族の名前ぐらいは知っといた方がいいいね」

「当たり前よぉ、何となくしか知らなくて、どういう子って思われたくないわ」

「ごめんごめん。母さんは、さっきも言ったけど、幸恵。

父さんは、正男。

ばあちゃんは、時枝。

兄貴は、孝平。

兄嫁は澄香。

子供は女の子が2人でまゆが8才でとゆりが7才どっちも俺によく懐いてるよ。あっ犬がいた。チロ、茶色と白の柴犬

以上7人と1匹だな、後、親友の哲也もいるけど…」

「哲也さんって、時々、名前を聞くわね」

「まぁ、兄弟みたいなもんだ、兄貴は8つ年上だから、もう、俺が小学生の頃には大人みたいな感じだったし、ずっと一緒に育ってきたしな…」

「たくさん居て覚えられるかしら…」

いっぺんに言ってはわからないだろう。自信なさげな葉菜

「まぁ、あっちに着けば、だんだんわかるだろ」

「そうね…それに…」

更に浮かない顔で考え込む

「どした?」

「まず、なんて挨拶したらいいかしら?って」

(挨拶かぁ、俺は自分の実家なので何も考えなかったが、葉菜にしてれみればいろいろ考えちゃうよな…)

「初めまして、ふつつか者ですが…ってそれじゃあ、嫁入の挨拶みたいよね…。こんにちは…軽すぎるかしら?」

葉菜は、俯いてブツブツ呟きながら、必死で考えていた。そんな姿が、また、いじらしくて可愛い…

「そんなにかしこまらなくても大丈夫だよ」

と言うと、

「だって、初めて会うし、その…私のウチの事情も知らないし、育ちの悪い子だと思われたら、どうしよう…」

「ああ、葉菜んちの両親の事は俺、電話で話しといた」

「ええ!そんなぁ」

「だって、君に家族の事とかズケズケと聞かれたら困るし」

「それで、なんて…」

「えっ?”あら、そう”って別に気にしてなかったよ。あの人達は、人を見て判断するからね。そんな事は、どうでもいいみたいなんだ」

「えぇ!それも怖いわ」

眉をひそめて、俺を見る。俺は葉菜の頭を軽く”ポンポン”と叩き

「大丈夫だから」

と一言いうと。葉菜は息を

”ふぅー”と息を吐き

「そうね、あれこれ考えたって仕方ないわ」

とようやく、落ち着いた。

着く前に、ファミレスで少し早い昼めしをして一息ついて、また、車に乗った、

「こっからは、山道ばかりだから」

「自然がいっぱいで、とても綺麗ね」

と喜んで外を見ていた。

山間を抜けて、小さな集落

「そろそろ、着くよ」

そう言うと、葉菜は、またまた緊張し始めた。