第34話 奇跡
実家に辿り着く。俺は車から降りて、ぼぉっとしながら母屋に向かって行くと、チロが変わらず喜んでシッポをブンブン振りながら、待っていた。
「チロ、ただいま…」
チロを撫でていると、ガラっと引き戸が開いて誰かが出てきた。
(ああ…母さんか…)
と顔を上げると、
(?!)
そこには、葉菜がいた!
俺に駆け寄ってくると
「あの…あの…ごめんなさい!涼ちゃんの言う事もわかるの!あの…そう!涼ちゃんと出会ってから私には沢山の奇跡が起こったのよ!だから私も涼ちゃんに奇跡を起こしたいの!ふたりで居れば、奇跡も起こるかもしれない!だから…あの…」
畳み掛けるように必死に何とか俺を説得しようとする。
俺は黙って葉菜の顔を見つめ、震える手を伸ばし肩を引き寄せ、抱きしめた。
「奇跡なら…奇跡なら…もう起きた!」
「奇跡は、もうここにある!!」
涙が一気に溢れ出た。
淡々と過ごしたなんて、嘘だ!心の中は、どす黒く淀んでいた。部屋に残る君の残像、残り香。それを想うたびに、どれだけ、後悔したかわからない。
君の所に飛んで行って土下座してでも
「最後まで、一緒にいて欲しい!」
何度、叫びたいと思ったか!
携帯から消した、情報もアドレスも番号も、指が心が…覚えていた。打ち直しては通話も送信も押せず、気絶するように眠っていた。目覚めると充電がなくなって、画面が真っ黒になった携帯が横に転がっていた。
(葉菜……君に会いたい…)
心が引き裂かれるようだった。
君といられるなら実家でなくても良かった。東京でも、地獄の底でも…。
「愛してる…」
葉菜が腕の中で小さく、びくっとした。
今まで一度も告げた事は無かった。でも、今はその言葉しか浮かばなかった。
「愛してる…葉菜」
「私も、愛してる。涼ちゃん、愛してる」
まだ、別れてから一ヶ月しか経っていない。でも懐かしくて…狂おしいほどに愛しい君の香り、温もり、もう離したくない
愛したのが君で良かった!
愛してくれたのが君でよかった!
今、この瞬間に死んでも悔いは無かった。
俺は腕の中にある奇跡を離さないように、ぎゅっと抱きしめた。