第35話 我が家
暫くして、後ろから
「ほら、疲れるから家に入りなさい」
鼻声のオカンの声がした。そして、カタカタと足音をさせて慌てて、家に入って行った。
俺は葉菜の顔を改めて見て、手を繋ぎ母屋に行こうとすると
「違うわ、こっちよ」
と言って、昔の横屋の前に連れて行かれた。ボロボロだった家の壁は綺麗に塗り直され、木枠のガラス戸も全部サッシに変わっていた。
「ここ…」
「お父さんや、みんなが手伝ってくれて…ここに住みなさいって」
俺達は中に入った。家の中も傷んだ部分がちゃんと補修され、部屋からは新しい畳の香りがした。
そして、別々だった葉菜と俺の部屋の家具、荷物が一緒に置かれていた。ほんのちょっと前まで、その風景を想像して、部屋を探していた。
そして、病気になった事で一瞬にして、その夢が消えた。
でも、それが今現実になって、目の前にあった。
「………俺達の部屋なんだな…」
ずっと、ふたりの部屋に一緒に帰りたかった。
「私達の我が家よ」
また、嬉しさで涙が溢れてきた。
「あっ…葉菜はどうやって…ここへ…」
「とにかく、座りましょ」
「うん」
葉菜の部屋にあった、ふたりがけの座椅子に、久しぶりにふたりして座った。
「お母さんがね…来てくれたの」
「どうやって?あっ!」
「そう、貴方の車で履歴から来たって…」
「慣れない都会の道を危ない…」
「うん、私もびっくりしたわ…」
「それで?」
「葉菜ちゃんは、どうしたいの?って」
「君はなんて?」
「もちろん、私は、何があっても涼ちゃんと、ずっと一緒にいたいと答えたわ。そしたらお母さんが手をついて
”じゃあ、ウチに来ておくれでないか?あの子が言ってる事もわかるんだよ。
”葉菜を不幸にしたくない”
その気持ちが………。でも、親の私でも駄目なんだよ。葉菜ちゃん、あなたでなきゃ…!あなたでなきゃ、涼平は支えられない。これは、あたしの…母親の我が儘だってわかってる!
でも、でも、葉菜ちゃん、お願いだから、ウチにお嫁に来ておくれ”
って」
「母さん…」
「それで、私も手をついてお願いしたわ。
”ふつつかものですが、どうぞ、お嫁にもらってください。よろしくお願いします”
って…」
「ありがとう。葉菜、結局、こんな事になって…」
「ねぇ…私のパパもママもあんな無謀な事までして、ふたり一緒になったのよ。私だってふたりの娘だもの、負けないわ。だから、謝ったりしないで、言ったでしょ?あなたと一緒にいるだけで、幸せよって…」
「あっ!パパとママ…向こうの実家には……」
(こんな男の所に来る事になって申し訳ない!)
「もちろん、すぐに連絡したわ。パパとママの遺品の事もあるし」
(そう言えば、あの部屋にあった。両親の部屋の物がない)
「徹さんの案内で、おじいちゃん、ふたりのおばあちゃんと祐一さんが、私のアパートに来て、パパとママの遺品を整理して、持って帰って行ったわ」
「そっ…それで、何て…」
葉菜は俺の両手を握った。
「おじいちゃんが代表で、あなたに伝えてって
”あの日…二人の孫が帰って来てくれた。そして、わしらの長く暗い、出口のないトンネルに光が見えて、そこから、ようやくに抜け出る事ができた…”」
「二人の孫?」
「そう、
”あの日から涼平君も、うちの孫だ。家族だ。出来る事があれば、何でも力になる。連絡して来て欲しい"
って…」
俺は感謝で言葉にならなかった。
「さあ、もう疲れたでしょ?少し寝た方がいいわ。布団を敷く?」
「布団はいいよ。このまま君にもたれ掛かってていい?」
「ええ」
俺は、葉菜に肩に頭をのせた。いつもは、葉菜が甘えてきてたが、今日は俺が甘えたかった。
たった一ヶ月離れていただけだ。でも、離れていたからこそ、君の暖かさ優しさがわかる。響き合う鼓動が感じられる安心感。
長いこと、眠れて無かったような気がする。君のいる、我が家で、俺は病気の事を忘れ安心して眠った。