第37話 まさか!
親父は、泣き伏す俺を見て、照れくさくなったのか慌てて、後ろを向いて
「あっああ!トイレは無くちゃ住めないから、何とかしたが、まだ、台所とか風呂が使えなくって、悪いな。工事をするから、昼間は、音がうるさくなるから、母屋に居ればいい」
「い…いや!そこまでは、いいよ。水場は大変だ!金もかかるし、母屋に行けば、何とかなるだろ?」
「それじゃあ駄目だ!ちゃんと親子三人、暮らせるようにしないと!」
「はっ?何言ってんだ父さん、流石にそれは、無理だよ」
親父の後ろ姿が、いきなり、
ビクッ!とした。
「あっああ…?はぁ〜…そうだな…あっ、そろそろ晩飯だ!行かなきゃな…!涼達も早く来いよ」
と不自然に切り上げて、家から出て行ってしまった。
残された俺は、訳がわからず、葉菜の顔を見た。
その表情は、ちょっと困ったような笑みを浮かべていた。
「あっ…あの…?親父なんか変な事を言ってなかった?ハハ…」
俺はおそるおそる葉菜を見つめて聞いた。葉菜は、俺の右手を取り、そっと自分のお腹に上に置いた。
少しふっくらとした葉菜のお腹。
「その…まっまさか!」
「もうすぐ、五ヶ月になるのよ」
「俺の…子…?」
「いやぁねぇ!それ以外、誰がいるのよ!」
確かに、俺達はいつも一緒で、身に覚えもある。
でも、まさか!
「そんな、大事な時に!知らなかったとは言え。俺…俺…葉菜、ごめん。大丈夫だった?」
「大丈夫よ。あなたに別れを告げられた時も、何となく気づいてて、だから、悲しくても、この子がお腹にいる。
”ママ頑張って”って言ってくれてる、だから私、ひとりでもこの子を産むつもりだったわ」
「そんな!ひとりなんて!」
「さっきも、言ったでしょ?私は、パパとママの子なのよ。ちょっとやそっとの事じゃ負けないわって」
「俺…生きなくちゃな。この子の顔が見たい!」
「そうよ、パパ」
「パパ?!」
聞き慣れた、その言葉はいつも、他人事で俺に向けられたものではなかった。
「俺…パパになるんだな」
「そうよ」
そう言って、葉菜が俺の頬にキスをした。
「大好きよ。涼ちゃん。貴方の子をちゃんと産むから、頑張って」
いつも、甘えん坊な葉菜が、俺より大人に見える。母親になる自信からなのか、輝いて見えた。
俺はこんな状態なのに、今までに感じた事のない幸せを噛み締めていた。
「あっ…そろそろ…飯に行かなくちゃな!ちゃんと食べなくちゃ」
ここのところ、食欲もほとんど無かった。
俺の中で、ムクムクと
生きる!
力が湧いてくるのを感じた。