第7話 居酒屋にて

 

ビールが来た。俺はそれを一気に飲むと、やっと落ち着いた。

そして、俺の目の前で女神もビールをコクコクと飲む。其の姿もまた、神々しいすでに、俺は君の下僕だ。何をしても可愛いとしか見えないだろう。

「おいし」

とにっこり笑った。

その笑顔にさらにドキドキマックスで顔が熱くなるのを感じたが、お酒が入ってるので今は誤魔化せるだろうか、オロオロする俺。

「あ、あの、さっき、しつこくって言ってたろ?」

「うん、あの人、別れた後でもしつこく何度もLINEしてきて

”結論だすの早すぎじゃない?”

”僕にもう一度チャンスをくれないか?”

”僕が悪いみたいで、やな感じだよ”

とか、最後には

”君が戻ってくれるなら、あの女とは別れるから”

って」

「何、それ?」

俺はさすがに呆れて答えた。

「でしょ? ”別れた”じゃなくて、”別れるから”

って何よ!」

君はちょっとふくれて言った。その顔がまたいい、つい

”クスッ”

と笑ってしまった。

「もお、ほんとに嫌だったから

”私も新しい彼氏が出来たので、そのまま、お付き合いしてください。LINEはブロックします。”

って書いて送って、ブロックしちゃったの。そしたら、今日の昼にメモを渡されて…それで、もう、きっぱり話をつけたいと思って行ったんだけど

”納得出来ないこんなに短期間で、僕以上の男なんかいる訳ないし”

とか言って」

「それは……かなりの自信過剰なんだね」

「そう、それが前はカッコよく思えてたのよ」

「だけど、あんなに悲しんでたのに…」

「うん、凄く悲しかったわ。と言うかショックだった。でも、あの日、給湯室で泣いて、そのまま家に帰って、また、たくさん泣いたの」

(そんなに傷ついて…)

給湯室での君の顔を思い出し、俺は胸が傷んだ。君は続けて言った。

「私ね、物覚えがついてから、泣いた覚えがないのよ」

「?ん、全然?」

「そう、ウチは、パ…父は私が小学二年生の時、母は、はたちの時に亡くなってるの。父と母はほんとに仲良くって、でも、マ…母」

「もお〜パパとママでいいよ」

俺は苦笑しながら言った。君は照れ笑いしながら、頷き話を続けた。

「そう、ママはパパが死んだ時もその後もずっと泣かずに母子家庭で育ててくれてたの。たまに、寂しそうな顔をする時もあったわ。でも泣かないの。そんな、ママを見てたら泣いちゃいけないんだなって思い続けてて…」

「そうなんだ…」

「うん、それがあの日、涙が溢れてからもう止まらなくなっちゃって、家でもでワンワン泣いてたわ。泣いて泣いて泣き疲れて、また泣いて気がついたら眠ってて、目が覚めたら、また泣いて、段々、パパやママが死んじゃった時の事や中学の時にイジメられた事まで思い出して、また泣いてたの。」

君は一息ついて、ビールをまた、

”コクン”

と飲んだ。そして、続ける。

「そんな事を繰り返す内に、

”私ってそんなに山下さんの事を好きだったのかしら?”

って思い始めたの」

「えっ?」

俺は呆れ笑いしながら声を漏らした。

「うん、変でしょ?あの人は優しかったし、周りの人達も

”素敵な彼氏で羨ましいわ”

とか言われて、

”そうなんだ。私、幸せなのね”

って思っていたの。でも、あの人すっごくお金持ちで、着るものも何もかも高級思考で、デートとかの服装もブランド物とか身に着けていかないと、ご機嫌ななめだし、飲みに行くのも高そうなバーとかで、彼はウィスキーをロックで私はお洒落なカクテルを頼むの。彼いわく

”女性がビールをグイグイ飲んで、口元に泡がついてるのってなんか引くんだよねぇ”

って、私、お酒はあまり飲まないんだけど、甘ぁい、カクテルとかよりビールのが好きなのよ」

(それで、さっきメニュー見て考えてたのか…)

「俺はこだわらないけど、てかウィスキーをロックとか普通に自分が無理だわ」

君は

「良かった」

と笑顔で答えた。

(何が良かったんだろう?俺がビールオッケーな事?いやいや、深読みすんな)

と打ち消した。

「それで、うちは、さっきも言ったけど母子家庭だったし、そんなにお金もないし、ブランド品の服とか小物を買うために、必死でやりくりしたり結構大変だったのよ。でも、

”誰かと付き合うってこういう努力も必要なのよ!相手は普通の家庭の人じゃないし、頑張るのが当たり前なのよ!”

って自分に言い聞かせてたわ」

「なるほど…ちょっと無理してた訳だ」

「そうなのよ!と言うか、とっても無理してたわ!」

君がちょっと口を尖らせて怒る表情に

「それは、随分と大変だったね」

と笑ってしまった。君も照れ笑いを返す

「それでね、泣いてる時に

”ああ、もうそんな無理しなくてもいいんだわ!”

って思ったら、なんだか気持ちが軽くなって、サッパリしちゃった」

「あははは!」

俺はつい、大きな声で笑ってしまった。

「もう一旦、嫌だと思ったら、どうでも良くなっちゃたし、これ以上しつこくされたくなかったの。それで、必死で説得してもわかってくれないの…それで…さっき、貴方を見かけて…

”彼氏が待ってるから、じゃあ”

って…こんな事になってごめんなさい。もし、彼女さんとか居たら、謝らなくちゃ…」

「いや、残念ながら、その心配はおよばない。それより、君こそ地味暗な俺なんかと噂になったりしたら…」

「あら、貴方。女子から人気あるのよ。噂になったら、また、私が恨まれちゃうわ」

「どこがだよ。ハハ」

俺は乾いた笑いをした。

「ん〜。パソコンは超ハイレベルで仕事も早いし…そうね、そして、あの事件があってからかしら?」

「あの事件!? 俺、なんかやらかした!」

「やらかした訳じゃないわよ。ふふ」

君は慌てる俺をおどけて見て笑った。

「前にお茶当番ってあったでしょ?」

「前に?俺は確か断ったから、無くなった事は知らなかったけど?」

「うん、貴方が

”僕はお茶は飲みたい時に飲みたいお茶かコーヒーを買ってくるし、自分のカップも置いてなし、すいませんが僕の分は外して下さい”

って」

「確かにそう、断ったけど、それが事件?」

「うん、あのお茶当番って他の課はないのよ。昔は、お湯を沸かして、お茶の葉で出してたから女性社員が担当してやってたけど、今は給茶機があるでしょ?だから、他の課は自然に無くなっていったらしいのよ。でも、大田さんが…」

(大田さん?ああ、Oさんか…)

「大田さんが、

”男性にお茶を出すなんて女性としてのたしなみよ!続けましょ”

って言ってウチの課だけ残ってるのよ。それで、みんな、嫌々ながら続けてたのよ。」

「嫌々?」

「うん、あのお茶当番、大した仕事ではないけど、揉め事になりやすくて…」

「それは、知らなかった」

「決まりとしては、午後の10分の休憩時間に合わせて個人個人のカップ。ない人は備え付けの紙コップに給茶機から出てくるお茶をついで出すんだけど…

”私はこの間、誰々の変わりにやったから今回免除ね”

とか

”あなた、お茶当番サボったわね!”

”仕事が推してたからしょうがないじゃないじゃいない!”

更に

”Oさんだけやりたいんだから、毎日Oさんがやればいいのよ!

って、何かと揉めるの」

「へぇーそうだったんだ」

「おざなりに配られるお茶を誰も気にしないし、飲まなくても断らないし、みんないつもイライラしてて…」

「知らなかった…」

「うん、それで貴方のひと言で大田さん以外のみんなで相談して課長に聞いて見ることにしたのよ」

「課長に?直談判?」

「そうそう、女子社員5人ぐらいで課長の所に行って

”お茶当番って必要ですか?”

って、課長は

”ああ…お茶当番ね。私も何とか飲むようにしてるが、実を言うと嫁から健康にいいからと、独自にブレンドしたお茶を持たされててね。出来れば、断りたいと思っていたが…”

”じゃあ、無くてもいいんですか?”

”うーん、確かにまぁ、給茶機で自分で入れれば済むことだしなぁ…とりあえず、暫くやめて様子を見たらどうかな?それで、文句が出なければ、特に業務命令でもないし止めてもいいんじゃないかな?”

って…それから、暫くしても誰も何も言ってこなかったどころか

”飲まないお茶を捨ててカップを洗う手間が無くなって良かった”

って言ってくる人もいたのよ。それで、完全に廃止となった訳」

「へぇ〜知らなかった」

「うん、それで、”要らない!”ときっぱり断った貴方の株が上がったって訳」

「何もしたわけじゃないのに、それは、照れるが…」

実際、俺は嬉しかった。それは、女子社員から人気があるという事でなく。君が俺の事を悪く思ってない。少しは

”好意的なのかな…”

と言う喜び、気分は上々で、酒も美味しかった。


しかし、ずっと話していたいが、夜道はあぶない。俺に気を使って帰れないのかもしれないし、

”俺から切り出さなきゃいけないか…”