第13話 幸福な日々

そして、俺達の幸福な日々が始まった。

二人はすぐ、半同棲、いやほぼ同棲状態になった。

月曜から金曜の仕事のある日は、会社に近い葉菜の部屋で暮らし、土日は俺の部屋に移動。

が定番の生活になった。

会社の連中には、すぐわかってしまった。何せ、朝の通勤も一緒。帰りも時間が同じなら一緒に帰宅。

誰かに見られてない訳がなかった。いろんな、噂をされてるのも知っていたが、俺達は、別に気にはしなかった。デスクは隣同士なので、流石に私用の話は絶対にしないようにした。まぁそれ以外の時間はずっと、一緒なのでする必要もないのだが…

お昼は、葉菜は相変わらず愛花ちゃんと一緒に弁当を持って食堂に行った。

ただ、俺のコンビニ弁当は葉菜の手作り弁当に変わった!

俺は嬉しくていつも、弁当を開けてはニヤニヤしながら食べていた。

愛花ちゃんと俊さんとダブルデートにも行った。

「自然のある所でバーベキューをしたい!」

と愛花ちゃんの提案で、炉のある公園まで足を伸ばしドライブがてらにデートする事になった。行き帰りの都合で、俺が車を出した。

「は〜な〜」

「あいかちゃ〜ん」

仲良し二人は、キャッキャッ言いながら、車の後部座席に座り、運転は俺がした。

「酒井くん、帰りは俺が運転はするよ」

と俊さんが言ってくれたが

「あっ僕、実家が遠いから長い運転は大丈夫ですよ」

「いやいや、俺、四駆のこんなデカい車、運転したかったんだ。頼むよ〜」

「何それ、俊ったら図々しいわね」

愛花ちゃんが毒づく

「あっ、僕はどっちでもいいっす」

「なっほら、いいやん」

「もう、か弱き女子二人が乗ってるんだから事故らないでよ!」

「か弱き…?二人?おっかしいな?居てもひとりじゃね?」

「何ですって!葉菜は、か弱いわよ!」

「お前、どうして、自分を外すんだよぉ」

呆れて言う俊さん。

ふたりの会話は、面白くて始終、笑いっぱなしだった。

「それにしても、車はやっぱ国産車だよなぁ」

俊さんが言い出す

「そうっすね。外車の見た目には憧れるけど維持費や利便性を考えると国産車のが乗りやすいし、外車なんて考えた事もなかった」

「だろ?!  普通はそうだよなぁ」

俊さんが、そう言うと後ろの二人が

「プー!クスクス」

と笑いだした。

「…?どうしたの?」

「いやいやいや、もう思い出して…アッハハハ」

「うるさいなぁ。黙れ!」

俊さんが不機嫌そうに言う

「いいじゃない。もう、昔のことよ」

「何が、あったの?」

俺は不思議に思って聞いてみた

「あのね、前に葉菜と山下さんとダブルデートした事があったのよ」

「ああ」

「涼くん、気にしない?」

「まったく、てか、そこまで聞いたら知りたいですよ」

「だよねぇ。それで山下さん免許ないし、俊が車を出して運転して遊園地へ向かったのよ。その時は助手席は私で後ろに、葉菜と山下さんだったわね。」

「うん」

「乗って、走りだして暫くしたら山下さんが

”この車って国産車だよね。やっぱ国産車って今ひとつ、乗り心地悪いよね。てか、クッションが良くないよね”

とか言い出して、それ聞いて、俊の顔がピクッて引きつって、更に

”それに、シートとか革張りじゃなくて、何となく安っぽさが漂う感じで…。あっゴメン、国産車なんて、タクシー位しか乗ったことなくって、それにしても、この車、タクシーよりちょっと、レベル低くない?”

って」

「そっそれは、ちょっと…」

俺は呆れた

「みるみるうちに、俊の顔色が変わっていって、もう、怒ってるのが、隣から見ても、歴然としてて、ヒヤヒヤしてたわ。取り敢えず遊園地に着いたけど、即、別行動。お昼は一緒したんだけど、

”むご〜ん”

その後、帰りの車中も

”むご〜ん”

山下さんは、全く気づいて無いらしくて、自分の話しをベラベラ喋ってたけど、他三人は

相づち以外は

”むご〜ん”

空気悪かったわよねぇ」

「あ…あの時は、私も気まずくって、なんて言ったらいいか、わからなかったわ。ごめんさい」

「いや、葉菜ちゃんは悪くないよ」

「そんで、貴方たちを車を降ろした後、もう、俊ったら急にブチ切れて、

”アイツ、免許取れなかった理由を俺は、知ってんだぞ!馬鹿じゃねぇ!

悔しかったから、てめぇで免許取って外車でも何でも、乗ればいいだろぉぉっ!”

て絶叫」

「うわぁ、それ俺も気持ち解りますよ」

「だろ?マジでムカついたぜ!葉菜ちゃんがいたし、これ以上、悪い雰囲気になりたくなかったから、我慢したけど最低だった!」

「まぁ、いいじゃない。今は葉菜もこうして、涼くんと付き合って、また仕切りなおしできたし」

「だな、てか折角バーベキューやるんなら、泊まりキャンプとかにすりゃ良かったな」

「なっ何よ、突然」

「だってよぉ、泊まりならなぁ…」

「酒が飲めますね」

「酒が飲める」

俊さんと俺は同時に言った。

「おう、それそれ!バーベキューって言ったらやっぱビール!ビール!ビールじゃん!」

「川の流水で冷やしたビールは、さいっこう!ですからね」

「うぉぉ!いいな!俺、それを一度やってみたい!やっぱ酒井くんとは気が合うわ!次はキャンプでデートね。ウフフ」

とニヤけた顔でわざとおネエ風に言う俊さんに

「キモッ!俊ったらそっちの気があるとは思わなかった!葉菜!取られないようにね」

「大丈夫よ。涼ちゃんは私の事が一番、好きだから」

「うおい!すげぇ!のろけじゃん。会社のマドンナにここまで言わせて〜このぉ」

俊さんが俺を小突いてきた。

「いえ、ほんとの事ですから」

と言うとみんな、大笑いだった。

そんな感じで、ずっとワイワイと騒ぎっぱなしだった。

すっかり意気投合した、俺と俊さん、その後もダブルデートでキャンプに行ったり、酒を飲みに行ったり楽しく過ごせるようになった。


葉菜と付き合う前と俺は大分変わった。前は人の目ばかり気にして、誰とも付き合おうとせず、

(どうせ、俺なんか…)

と諦めていた。

今は、こうして、話せる相手もできた。

そして、葉菜も変わった。

「泣いた事がなかったのよ」

と言ってた葉菜は、とても、泣き虫で

悲しい映画を見ては泣き

悲しいニュースを聞いては泣き

その、ぽろぽろ流す涙も、御機嫌が直った時の笑顔も最高に可愛くて、俺はついつい、意地悪をして、葉菜を泣かせてしまうんだ。

「涼ちゃん、意地悪だわ!」

って怒る葉菜に平謝りに謝って、許してもらう。そうすると葉菜は、また、笑顔に戻る。

その時の葉菜の笑顔は

雨上がりの晴れ間に滴る雫に太陽の光が乱反射するように眩しくて…可愛くて…


俺は、また君に恋をしてしまうんだ。


 そうやって、あっという間に一年の月日が経っていた。

ある日、実家の母から電話があった。

「もしもし」

「もしもし!元気でやってる?」

「ああ、元気」

「元気かどうか、わかんないだろ!一時期は会社を辞めてウロウロしてたってんじゃないか!」

「哲から聞いたの?」

「ああ、一年間、ほとんど、音沙汰無しで、あたしが心配するから、”今は大丈夫だからと”教えてくれたよ。そんで、いつ帰って来るんだい?」

「あー、その内…」

「その内って、いつだい!」

イライラが伝わってくるが、おれは生返事

「気が向いたら」

その言葉に、おかんの堪忍袋の緒が切れた

「こっちは、元気でやってるか心配してるのに!電話も寄越さず、じいさんの墓参りも来ず、いったい、どう言うつもりなんだい!病気した時だけ呼んでおいて、そんな親不孝な子に育てた覚えはないよ!」

耳をつんざく怒声がスマホから漏れ葉菜にも聞こえていた。

「わかった。悪い悪い。近いうちの休みには顔出すよ」

「近いうちって、いつだい?」

「近いうち」

「全く、もお!絶対だよ!」

「うん、行くよ」

「じゃあね!」

と言って、オカンは電話を切った。

隣で聞いて葉菜は、罰が悪そうに

「私のせいね。ごめんなさい」

「いや、俺が行く気がなかっただけだし、今度の休みにでもちゃちゃと行って、じいさんの墓参りでもして帰ってくるよ」

「そんな、涼ちゃんの実家って遠いし、待ってるお母さんに悪いわ」

「じゃあ、年末の休みに、葉菜も来る?」

結局、俺は葉菜と離れたくないだけだった。

「あっいや、いいんだ。遠いから泊まりになるし…気ぃ使うだろ?」

「私は、ちょっと、涼ちゃんの育った所に興味があるわ」

「ほんと!じゃ葉菜も行こうよ。年末に行ってさっさっと帰って年越しはこっちですればいい」

「うん、行くわ」

俺は手の平を返したようにご機嫌になり、母に電話して、年末に彼女を連れて帰るからと告げた。

「そうかい、待ってるよ」

と今度は、嬉しそうな声が聞けた。


気にしてなかったわけじゃない。でも、葉菜との生活が楽しくて、それに、実家に連れてくって、葉菜にプレッシャーじゃないかと思って、時間が過ぎていただけだった。