第12話 高橋さん


[小料理屋にて父と母]

その小料理屋「源」はまだ、あったが準備中の札が掛かっていた。二人は勝手口に回って、呼び鈴を鳴らした。中々、人が出て来ない

「まだ、いないのかな?」

「ちょっと待ってみましょ」

「彩、体は大丈夫?」

「うん、平気、大丈夫よ」

暫くしてドアが開いて、女将さんらしき人が出てきた。

「誰だい?押し売りかい?今、忙しいから他を当たってちょうだい!」

って強い口調で言われた。

「あの…届け物を頼まれて…」

ネムさんから預かった封筒を慌てて女将さんに差し出した。女将さんは訝しげに、その封筒を受け取り開けると中にもう一通、手紙が入った封筒が出てきた。

それを女将さんが裏表を見て、急に顔色が変わった。そして、突然大きな声で

「ちょっと!あんた!あんた!あんたぁ!高橋さんだよ!」

奥から

「あぁ?今、忙しいんだよ!高橋ってどこの…って…!おい!」

”ガラガラガッシャーン!!”

と中から大きな音がした、そして、奥から片足を押さえながら、店の主人が転がるように出てきた

「高橋さんってお前!」

「ああ、あの高橋さんだよ!」

そして、主人は若い男女を目を丸くしながら見た。

「ってこの子達は誰?何か高橋さんと関係あるのか?」

主人は若い二人を怪訝な視線で見た。

「関係あるか解らないけど、この子達が、この手紙を、持ってきたんだよ」

主人は手紙を見て

「高橋 恒夫…確かにあの人の名前だ。字もあの人だ!おい、お前達!いや……あんた達、これをどこで…!」

「ちょっと待って、あんた、こんな所でなんだから、取り敢えず上がってもらいましょ」

「そ、そうだな…あんた達、上に上がってくれ」

「あんた、店はどうする?」

「今日は休業だ。さっき、仕込みの鍋をひっくり返しちまったし。そうだ臨時休業の札を掛けてくる!」

「あんた達、こっちへ上がっておいで」

あれよあれよという間で、二人は、あ然とするばかりだった。そして、店の二階にある和室に通された。

「取り敢えず、お茶をもってくるよ」

「ああ、頼む」

入れ替わりで店の主人が上がって来てテーブルの前に座った。そして、女将さんがお茶を持ってきて出してくれた。

「あっお茶でも飲んで、少しくつろいでてくれ」

「あっ…ありがとうございます」

二人は戸惑いながらも封筒を渡すことが出来てホッとした。


そして、主人と女将さんは固唾を飲みながら、封筒を丁寧に丁寧に開けてから中を読んだ。

そのうち、主人と女将さんは、みるみるうちに、泣き始めていた。

どうしたらいいのか分からず、ただ、ただ二人は黙って座って待っていた。

「ああ、高橋さん生きてたんだねぇ。ほんとに良かったよぉ」

と女将さん

「グスッ…ほんとだ。時計を返してくれって!あの人らしい…多分、自分である事を証明する為だろうねぇ」

「生きててくれて良かった」

「あんた達、これをどこで…」

「お前!居所は聞くなって書いてあるだろ!」

「そっ…そうだね」

「嫁さん、お腹に子供がいるんだろ?お前、何か楽にもたれるもの、あぁ布団でもいい出してやりな」

「ああ、わかった」

そう言って押し入れから布団を出してきた

「ここは、住まいじゃないから、こんなもんしかなくて、ごめんよ。なんなら、寝てもいいんだよ」

優しくなった女将さんの口調に二人共、訳が分からなかったが、とにかく自分達の事が手紙に書いてある事はわかった。そして、ようやく

「あっあの、ネっ、いや、高橋さんとはお知り合いなんですか?」

と聞いてみた

「知り合いも何も、私らの恩人だよ」

「ああ、生命の恩人だね…」

主人は続ける

「わしら夫婦はね、小料理屋をやりたくて、わしは修行しながら、こいつは、夜も昼も働いて二人でお金を貯めて、やっとの事でこの店を開店させたんだよ。

だが、しかし、この場所だろ?全然、お客が来なくてね。腕には自信があったから、いつか、見つけてお客さんも来るようになるだろうと思ってたけど、一年経っても二年経っても、殆ど客がこずで…

もう、この店を維持してく金も自分達が食べてくお金すらも底をつく寸前になってしまってたんだよ。蓄えはこの店につぎ込んじまったし、もう、死ぬしかないって思ってたん だ…」

「そんな…」

「そう…そんな時に、ひょっこり、この高橋さんが店に客として来てくれたんだ。久しぶりの客で嬉しかったが、さほど、仕込みも材料なく、あまりいい料理は出せなかったが…

(これが最後か!)

と今ある材料で心を込めて調理して出したんだ。それを高橋さんは黙々と食べて

”中々の味だな大将。気に入ったよ。だけど、ここは場所が悪いなぁ”

”へぇ、もう維持してくのは無理でして、あなたが最後のお客さんになるようです”

”折角の穴場を見つけったってのに、そりゃ残念だな”

”はい…ありがとうございます…”

”でも、俺は大将のもっと他の料理が食べてみたいな、明日、また来るから、これで仕入れして、いい物を作って食わしてくれないか?”

ってお金を渡してきた

”あっそんな…こんな金…”

”やるんじゃないぞ!明日も来るから大将の最高の腕で振る舞ってくれよ。それとも、そんな腕はねぇか?”

”いいえ!料理には自信があります!わかりました。今、手に入る最高の物で明日の夜、あなたに最高の持て成しをします!”

”おっ!ほんとだな!じゃ楽しみにしてるわ。あぁこれ、俺の名刺な”

と言って名刺を渡して出て行った。名刺を見ると、高橋さんは、町工場の社長だった。

わしは次の日、朝から仕入れに行き、旬の魚や野菜など、厳選して仕入れ、献立を立てた。久しぶりに心が踊ったよ。もしかして、眉唾で来ないかもしれないが、金は貰ってる。絶対、高橋さんを唸らせる料理を作ろうと久しぶりに、張り切った。そうして、夜になると、約束通り高橋さんは来てくれた

”おう、大将。楽しみにしてきたぜ!”

暖簾を分けて高橋さんが入ってきた

”いらっしゃいませ!”

”ちゃんと、俺を唸らせる料理は出来るかぁ?”

”もちろんですとも!私の料理人人生をかけました!”

”そりゃ楽しみだな、大将、お任せで頼むわ”

”へい!”

わしは、内心はドキドキだったが、全身全霊をかけて、この人の期待に応えたいと全てをかけて、料理をしたよ」

「ああ、ああ…」

女将さんは、手拭いで涙を拭きながら、頷いていた。

「そして、出来た料理を全部、食べ尽くして、高橋さんは

”美味かった。大将!言うだけあるな”

そう言われて、わしは、もう嬉しくて嬉しくて、これで、この店を最後にしてもいいと思ったよ」

大将は顔を上げて懐かしそうに、思い出しながら語った。

「いい思いで、もう閉店しようと決めてたら、高橋さんが

”来月、中小企業の社長10人ばかりで、懇親会をやるんだ。それをこの店で、やってくれないか?”

”えっ?えっ?旦那、何をおっしゃいます!そんな、偉い人たちをこんな店に…もっと、高級な料理店も沢山あるじゃないですか?”

”そんな、在り来りの接待はつまらん!だから、穴場を探してたんだ。大将、自信ないのか!”

”いや!昨日も言いましたが料理の腕には、自信があります。”

”なら、頼むよ”

”はい、わかりました!あなたの顔を潰すような、料理は出しません!”

”じゃあ、また先に支度金を置いてくよ”

”えっ!こんな金額!”

お金は50万はあった。

”それくらいいるだろ?酒も用意しなきゃいけないし、それに一ヶ月後、あんたたちに餓死でもされてちゃ計画倒れだ!俺の楽しみがなくなっちまう。頼んだぜ”

”はい!あっ!それと、解れば、その…いらっしゃる方の好き嫌いやアレルギーなど聞かせて頂けるとありがたいんですが…”

”なるほど、誰にでも好き嫌いもあるし、アレルギーを出されたら俺も困る!大将!流石プロだな”

”いっいえ…”

”解った、調べて聞いたら部下にここに届けさせる。俺はちょっと忙しくなるから来れないけど頼むな”

”任せてください。全力で頑張ります!”

一週間ほどして、高橋さんの会社の人が情報を持ってきた。

ワシはそれを参考に、献立を決め、酒もいい物を揃えた。一ヶ月はあっという間だった。

 

そして、当日になった

時間より、早めに高橋さんが来た

”今日はよろしく頼む”

”へい、力の限り頑張ります!”

”うわっはっはっは!”

と言って、高橋さんは店に入り座った。

そして、暫くして中小企業だが、立派な社長さん達がこの店に集まってくれた。準備は万端だ。突き出しに始まって、どんどん料理をだして行った。

料理を食べる社長さん達は

”これは上手い!感じもいいし、こりゃ穴場だな、さすが高橋さんだ。”

”他のメニューも見たけど、この値段でここの味が食べられるなんて、私もまた、利用させてもらおう”

など大盛況だった。

お陰で、それからその社長さん達やその知り合いに口コミまで広がって、客も安定して、この店も維持する事が出来た。なのに…」

大将は急に泣き出した。

「高橋さんの…会社が…大きな不況に耐えられず倒産しちまった…金策やら何やらで相当走り回って、従業員に最後の給料を払って消えてしまったんだ…」

大将も女将さんも号泣してしまった。

「わしらは、どこかにいないかと探し回ってみたり、今日は店に来ないかと毎日、毎日、待ち続けた。ずっと忘れる事はなかったよ……」

主人は更に泣いた。

「それが、今日…やっと…やっと…」

「あんた、高橋さんは元気だと書いてある。ほんとに良かった」

「あんた達の事は高橋さんから任された。全部、何もかも、わしらに任せな。何でもしてやる。」

「いいんですか?」

突然の展開に二人ともびっくりした。

「いいって事よ。取り敢えず住むとこだが、ここに来たらいい。たまに、休憩で使うだけで、ほとんど用はない。ここに来ればいい。それで、いいか?」

「もちろんです。ほんとにありがとうございます」

二人して深々と頭を下げた。

「じゃあ、早速荷物とかあるなら、それを持ってきな。あっ後、あれを!」

「おい、お前」

「あいよ」

急いで茶箪笥の引き出しを明け、女将さんが大事そうに、袋に入れた何かを持って来た

た。

「これはね、手紙に書いてあった時計。懐中時計なんだ。高橋さんが最後に来た時に忘れていった物なんだ。随分、酔ってらしてねぇ。噂は聞いてたから、心配で見送ったら、この懐中時計が椅子の下に転がってたんだよ。高橋さんが愛用してた物で、絶対に返さなきゃと思ってたが、居所知れずで………ようやく返せる時が来た!これを、高橋さんに渡して欲しい。そして、また、この店に寄ってくれるようにと伝えておくれ」

「わかりました。必ずちゃんとお渡します!」

そう言って、店を出た。


そして、急いで帰り、まず、高橋さんのテントに向かう。高橋さん…ネムさんは、外で周りの掃除をしていた。

「おう、お帰り!どうだった?まだ、あったか?」

「はい、ありました。そして、全て任せてくれと仰って下さいました」

「そっか…、まぁ中に入れ」

二人はネムさんのテントに入っていった。そして、まずは、袋に入れられた。あの懐中時計をネムさんの前に出し

「あの、これをお返しするようにと、そして、また、ぜひお店に来てくれと言われました」

ネムさんは、袋から時計を出し手に取ると

「なんだ、ほんとにあったのか?こんな物!捨てちまえば良かったのに…」

と笑いつつ、時計を受け取ると、それを、しみじみと見てネジを回した。

「チッチッチッ…」

再び動き出した、時計を見つめ、ネムさんは、懐かしげに目尻を下げ、見たこともない笑みを浮かべた。

「ありがとよ。さぁ、話が決まったんならボヤボヤしてないで、行っちまいな!ブルーシートとかはいらないだろ?俺が貰ってやるわ。あと、いらねぇ物も使えるかもしれないから全部置いて荷物だけ持って、さっさと行きな」

「あの…何もかもほんとに…」

と言いかけると

「ああ?俺は、お前らが目障りで居なくなってほしかったんだよ」

「えっ?」

「この、ごみ溜めのような所に、お前らがみたいな綺麗過ぎる奴らは目障りで、とっとと消えて欲しかったんだ」

言葉と裏腹に優しさが伝わってくる。

「ほんとにほんとに、ありがとうございます」

深々、頭を下げると、

「もう、戻ってくんなよ」

ネムさんは、一言そう言った。


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 「こうして、パパとママは、小料理屋の二階に移り住んで、私が生まれて、生活が安定したのでこの部屋を借りて暮らしてきたの」

長い話しを思い出しながら、必死に話した葉菜は、少し疲れたようだった。俺は葉菜の横に座った。

「ありがとう。君の両親には、俺、感謝しなくちゃ」

「えっ?」

「だって、君の両親が頑張ってくれなかったら、君はここにいなかったって事だろ?」

そう言って、葉菜の肩を抱いた。

葉菜は、首を俺の胸に傾けて

「そうね。私も、今そう思うわ」

と笑った。

「でも、ホームレスになる前の事は何もわからないのよ。もしかしたら、何か犯罪をして逃げて来たのかもしれないし…」

「君は、ほんとにそう思う?」

「………」

葉菜は首だけ横に振った。

「俺もそう思う。だって、こんな二人がもし、犯罪を起こしていたとしたら、それから逃げてホームレスなんかになる人達とは思えない」

「そう?そうよね。私、誰かにずっとそう言って欲しかったのよ。きっと…」

俺は葉菜の肩を更にしっかりと抱いた。

「心配ないよ。ほんとに素敵なパパとママだ」