第19話 タケさんと建
「りょう〜!葉菜ちゃ〜ん!起きたか〜い!」
またもや、オカンの声で目が覚めた。
「もう朝ごはんできてるよぉ〜」
「うぉ〜い、今行くから」
「慌てなくていいからねぇ」
俺と葉菜は急いで身支度を整え、下に行った。
「おっはよ〜!」
「おじちゃん、はなちゃん!おはよぉ〜」
「ん?まゆたちもいるのか?珍しい、おはよ」
「そうよぉ、あなた達の事が気になって朝から
”向こうで朝ご飯するぅ”
って言い出して、ウチはいつもトーストだから、めんどくさいのに…」
「朝から賑やかいはずだ」
親父はいつものように、ご飯で魚に味噌汁、納豆の和食、まゆとゆりは、トーストを焼いてもらっている。孝兄はちゃっかりご飯を食べている、哲もいた。葉菜が
「おはようございます」
と挨拶した。親父が
「ああ、おはよう。よく眠れたかい?」
「はい、ぐっすりと」
「良かった。さぁ座ってごはん食べなさい」
俺達は用意してあった朝食を食べ始めた。飯の途中に、タケさんがやって来た。
「おっす、まだ、飯の途中か?早く来すぎたなぁ」
「おお、タケさん早いなぁ」
「年末で忙しくてね。慌てて来た。さぁ早く将棋やろうぜ、おっ!涼じゃねぇか?久しぶり!可愛い女の子を連れて帰って来たって、評判だぞ!その、隣の子か?こりゃ可愛いねぇ」
(相変わらず情報はぇーなぁ)
俺は呆れて飯を食ってた。
「あっあの…初めまして…」
葉菜は慌てて挨拶する。
「おおっと、飯の最中に悪い!涼が帰ってるって聞いて健が会いたがってたぞ」
「あー最近、二人目が生まれたとか聞いた。電話してみるよ」
「おう!そうしてくれ」
「タケさん。食べ終わったぞ」
「よし、行こう!」
「母さん、あれな」
「はい、はい」
と慌ただしく、去って行った。
「あっ!俺も仕事行くわ!今日の夜は家に帰るけど、明日の大晦日は、半日で仕事納めだからこっち来るわ。」
「りょ〜かい!」
「おばちゃん、ご馳走様。あっ涼、祝いに酒はやめろよ」
「わかっとるわ!」
「ほんじゃあなぁ」
「あっ哲!昨日の残りを弁当に詰めたから持っていきな!」
「おばちゃん、ありがと助かる!じゃあ行ってくるわ」
「おう、頑張れよ」
哲も職場に行き、みんなご飯も食べ終わった。オカンとすみねぇは片付けをして、年越しの準備で忙しい。
「俺達もなんかする事ある〜?」
「ないよ!ああ、そうだチロの散歩お願い!」
「うん、わかった。散歩がてら行ってくるわ」
「わたしもいくぅ〜」
「ゆりもぉ〜」
「あんた達は駄目よ。今日はパパと冬休みの宿題を済ませちゃいなさい!」
「ええ〜!」
「ええ〜じゃないわよ。年明けに宿題なんてママ嫌よ。年内に済ませちゃって、パパお願いね」
「おお」
「葉菜、俺達も行こうか、家とか周りを案内するよ」
「うん。ご馳走様でした」
俺達は立って、外出着に着替えに行った。
「寒いから、しっかり着てな」
「わかったわ!準備万端よ」
と葉菜はしっかり着込みダウンコートを持っていた。
「じゃあ、行こうか、この二階は俺の部屋と両親、もと孝兄が使ってた部屋は今は哲が使ってる。後、一部屋は物置がわり、一階は昨日の居間、普段は仕切られてるけど、祝い事や葬儀はあそこでやるから結構広いだろ?」
「うん、広かった」
「後は、ばあちゃんの部屋は建て増しして、車椅子用に一階はバリアフリーにしてある。外に行こう」
俺たちは外に出た。待ち兼ねてたチロが俺達を見つけて
「わんわん、きゅうきゅう」
尻尾を振っている。
「おはよチロ!」
俺の手に握られたリードを見ると、散歩だと勘づいて、更に二本足で立って興奮して俺にすがってくる。
「わかった、わかった。今行くから」
俺はチロを連れ、庭に行った。
「ここは、母さんが雑多に色んな種を捲くから春から夏にかけて、色んな花が咲く」
「素敵ねぇ見たいわ」
「適当だから統一感なしだぜ?俺はおっきいひまわりが1本真ん中に咲くのが好きだけど」
「あれは何?」
「これ?これは、ポンプ式井戸」
「初めてみるわ」
「この取手をほらっ」
俺は井戸の取手を上下に引いた。水が出てきた。
「うわぁおもしろ〜い。私もやってみていい?」
「ああ、もう古いもんだけど、母さんが花の水やりなんかに使うから、手入れはしてある。子供の頃は哲と俺でここで水遊びをして、水浸しにしてよく怒られた」
「なんか、想像つくわ」
「なんでだよぉ」
葉菜はクスクス笑う。チロに引かれて、道路の方に向かう、
「向かって右は、孝兄の住む離れ、結構最近に作ったから、母屋よりかなり新しいだろ?母屋とは廊下で繋がってる。左側の方が昔、母さん達が使ってた家、もうボロボロだな」
先に進んでいくと、立派な小屋
「ここは?」
「そこは、親父の工房」
「お父さんの?」
「親父は彫り師なんだ。木彫りとか彫刻ね」
「えっ!そうなの?」
「うん、俺が小学校くらいまでは趣味でやってて、それをじぃちゃんばぁちゃんは良くは思ってなかったな
”木ばっかり掘って、農業はからっきしだね”
って飯時とかよく嫌味を言われてたなぁ、でも、ある日、なんぞやの賞を貰って、それからは、客注で仕事が入ったりして結構、高い値で売れるらしい、それからは、なにも言わなくなったな。専業農家で高額な副収入はありがたいからね」
「じゃ、お父さんはすごい人なのね!」
「まぁ、普段見た目は、のほほんとしてるけど、孝兄に聞くところによると
”刃物を持った親父に近づくなこえーぞ”
って孝兄は一応親父の弟子だけど、俺はちがうからここには、ほとんど出入りした事ないからわかんないけど」
俺は話してる内に劣等感でいっぱいになった。葉菜は感心して話を聞いてくれてるけど、葉菜や哲の生い立ちに比べたら、俺は苦労知らずのお坊ちゃんで、全く弱々で情けなく感じた。でも、事実は事実だから仕方ない。
公道に出て、歩き始めた。公道と言ってもほとんど、車が通る事はない。周りは田んぼだらけだ。
「そうだ、健に連絡しなきゃな!」
「健さんって、さっきの?」
「そう、タケさんの息子。俺達の弟分なんだ」
「さっき、お酒は駄目だって言ってたけど、まぁ出産祝いだから、わからないでもないけど…どこか悪いの?」
不安気に聞く葉菜
「ああ、タケさんと健の家は酒屋なんだ。この辺では唯一のね」
「あっそれで!」
「そう、だから酒は売るほどある。」
「なぁんだ、もう…」
呆れた顔をする葉菜。
「じゃあ、年末だから忙しいのね?」
「そう、酒だけじゃなくていろんな物をおいてるから御用聞きや配達でてんてこまいだな」
「じゃあ、タケさんも忙しいんじゃないの?将棋なんかしに来てていいのかしら?」
「うん、母さんにアレって言ってたろ?酒を飲みに来たんだ」
「さっき、酒屋って…?」
「タケさんは、物凄い日本酒好きで、それも理由で酒屋の跡取り娘だった、健のお母さんに、猛アタックして酒屋に婿入りしたんだよ」
「えぇぇ!」
「それで、婿が来て男手が出来て、跡取りが出来て万々歳と思ったら、店の酒を飲むは飲むは、更に、酔っぱらうと上等な酒まで、家族に黙って手を出してしまってたんだ。」
「あらまぁ、それは問題ね」
「そう、それで、それがバレて激怒した親達から離婚しろと言われるまでに責められた。まだ、健が生まれる前らしいけど」
「それで、どうしたのぉ?」
「タケさんは、日本酒も好きだが、嫁さんもやっぱり好きらしくて、”別れるのだけは”って土下座したらしい。それで、離婚しない条件が
”日本酒は禁止!”
と言う話になって随分、迷ったみたいだけど、条件を飲んで、嫁さんを取ったらしい」
「じゃあ、日本酒は飲めないの?」
「家ではね」
「もしかして、さっき…」
「そう、ウチに将棋と称して、日本酒を飲みにくるんだ。親父も入り婿だから、気の合う所もあるし」
「でも、忙しいのに…」
「だからさ、昨日は俺達が帰ってくるので遠慮して飲みに来るのを我慢したんだろうな。そんでも今日の朝ならギリギリ飲んでも車の運転さえしなきゃ仕事もなんとかなるだろ?そんで来たんじゃないかな?」
「まぁ、そんなにしてまで…」
「ほんとに、親子そろって、あほだな」
「えっ?健さんもお酒好きなの?」
「それとは、違うけど…まあ、会えばわかるよ。あっ!電話、電話!」
俺は携帯を出して、健に電話してみたが出なかった。
「忙しいから無理かな?」
と言ってそのまま、散歩を続けた。
「涼ちゃんの言ってた通り、見渡す限り田んぼねぇ」
「ああ、今は冬枯れで土しか見えないけど、田植えをして稲が育ってくると、ワサワサと緑の絨毯みたいだよ。更に育つと黄金色になって、黄金色の絨毯に変わる」
「うわぁ、素敵ね!」
”プルルルルル”
葉菜が言うと同時に電話が鳴った。
「あっちょっと、ごめん」
「ええ」
俺は携帯を見た。やはり健だった。
「もしもし?」
「もしも〜し、涼兄?元気〜?」
「おう!元気だ。お前も元気そうだな」
「バリバリ!元気!今日、うち来れる?久しぶりだから会いたい」
「ああ、年末で忙しいだろ?年明けのがいいんじゃないか?」
「それが、年明けは嫁の実家に行くから駄目なんよ、涼兄は忙しい?」
「俺は全然!」
「そっか!じゃあ午後には時間空ける。う〜ん、2時くらいでどうかな?」
「オッケーわかった。その時間に行くよ」
「あっお祝いとかいらないし、てか、親父そっちに行ってる?」
「ああ、来てる来てる」
「やっぱりか!クソ親父にすぐ、帰ってこい!って言ってくんない?」
「俺、いまチロの散歩中」
「ああ、じゃあ帰ってからでいいや!よろしくぅ」
「おう、後でな」
そう言って電話を切った。つんざくような、健の声が聞こえた葉菜は
「なんか、元気な人ね」
「ああ、元気な上にアホだな」
「そんな風にもう、まぁ、涼ちゃんと仲良しならわかるような気がしてきたわ」
「なんだよぉそれ」
「だって、こっちに来てからの涼ちゃん、全然違うんだもの」
「もしかして、呆れてる?嫌いになった?」
俺は慌てて聞いた。
「ううん、もっと好きになっちゃったかな」
俺は照れながら、頭をガシガシ掻いたので、葉菜が横で”クスクス”笑い出した。
「なんだょもお〜!それにしても、手ぶらって訳にもいかないし、時間もあるから、なんかお祝いの品でも買いに行こうか?」
「そうね、それがいいわ」
俺達は帰るとすぐに出かけた。ちゃんとした物を買うには一時間ほど遠くに行かなきゃならない。昼飯を外で食べ健の家に直接行く事にした。祝いの品は、葉菜の提案で大体歩き始める頃の一歳くらいの子供服にした。
「ついでに通ってた小学校に帰りに寄ろうか?」
「うん、行ってみたい」
そして、健の家に着く、
「おーい!健!来たぞー」
とずかずか、家に上がり込む、慌てて葉菜が着いてくる。
「うお!涼兄!ひっさしぶり〜」
派手な茶髪、耳にはピアスをいくつもジャラジャラつけて健が現れた。葉菜がびっくりた顔をする。
「相変わらずで、元気そうだな」
「おう、元気も元気、嫁は悪いけど配達でいない。”よろしく言っといて”って、あっ彼女さん?」
葉菜を見つけて声をかける。
「涼兄の弟分の健っす。よろしくっ」
額に二本指で敬礼しながら挨拶
「あっよろしく、お願いします」
頭を下げる葉菜
「噂には聞いてたが、マジでシャンな姉さんだぁ。さすが!涼兄」
「ほんと、ここの村は話しが早く伝わるな!」
「あったりまえじゃん!俺、御用聞きだぜ!情報は早く伝わるんだよ。まぁ、座って茶でも飲んでくれ」
「ありがとう。あっこれ、祝いの品」
「えっ良かったのに〜でも、あざっす。開けてもいい?」
「おう」
「あっ子供服じゃん。助かるわー上は女の子だったし、下は男だから動き出したら服がたくさんいるから、涼兄ありがとう」
「別に、そんな褒めなくていい。葉菜の提案だよ。それよか、そのピアス何とかならねぇのか?」
「これは無理!弟分達との絆のピアスだから!これでも、ノーズピアスはやめたんだぜ」
「わかるわ!まぁ、少しは落ち着いたみたいだからいいかぁ。そんで、子供の名前は?」
「”たくま”開拓の拓に馬」
「おお、お前にしちゃ普通に名前つけたな、キラキラネームとかつけるかと思った」
「そうしたい所だけどよぉ。この田舎で、あまり、派手な名前つけて、イジメられても困るじゃん」
「ちゃんと、親父してんじゃん」
「そう、俺様は真面目になったんだ」
ブッとお茶を吹きそうになったが、こらえて、それから子供を見せてもらいながら昔の話なんかで、ちょっと盛り上がり、何本も電話が掛かってきて忙しそうなので、退散する事にした。車に乗ると葉菜が
「とっても、今風の人なのね」
「ああ、派手だろ?この田舎じゃかなり目立つ、まだマシになった方だぜ。前は、もろに金髪で今日は見えなかったけど、腕にタトゥー、ノーズピアスにカラコン」
「そっそれは、都会でもいるけど、結構、目立つわよね。あっちに居たの?」
「健は、中学の頃から、不良に憧れて…多分、漫画の影響だと思うんだが、そんで中学ん時に
”俺は店は継ぐ!だけど、高校はいかない。残りの10代は好きな事する!”
って中学卒業すると単身で神奈川に行ってしまい。建設作業員しながら、族に入って、総長にまで、登り詰めたんだ。それであのナリ」
葉菜があんぐり口を開けて聞いていた。
「それで、たまに帰ってきても、あまり派手な見た目におばちゃんが
”ウチの子はもうだめだ!アレじゃあ化けもんだ!頭がおかしくなった”
ってさめざめ、ウチのオカンに泣いて語ってた。実際に俺も、もうこの村には帰ってこないかと思ってた」
「かっ過激な性格なのね…」
「昔から、ヤンチャだったからなぁ。でも、二十歳になったら、突然帰ってきて、
”族、卒業した。やりたい事やった。店継ぐ”
と元レディース総長の嫁を連れて帰って来たんだ」
「そっそれまた、びっくりね」
「うん、嫁さんもかなり派手だったからね。でも、族のレディース総長で喧嘩も強かったらしく、中々の力持ちで、配達もなんなくこなすし、何よりも若いもんが村に帰って来てくれた事が村人には嬉しかった」
「やりたい事やって落ち着くなんて中々、出来ない事よねぇ」
「そうだな、キッパリしてる所は俺も尊敬してる」