第9話 海へ

 約束の時間より、30分以上早く着きそう、

(遅れるより、マシだな…)

と思い、更に

(君は来てくれるだろうか?いや、来ないなら連絡ぐらい来てるだろう…)

またもや、ネガティブな気持ちに落ちいる。既にネガティブが癖になっているのか!

(そうだ!携帯!待ち合わせの場所がズレてたり、すれ違ったりしたら困る!)

すぐに連絡できるように、一旦車を止め、スマホを出し画面を確認。即、かけられるようセットし、車のダッシュボードに置いた。

駅は目前となった。初めての場所なので、待ち合わせの場所を確認して、一旦どこかで待とうかと、ロータリーに向かった。日曜の駅はいつもより人はいない。少しホッとして、約束してした場所を見ると

(あそこかな?)

遠目で確認すると君らしき人が立っている。

(いや!らしきじゃなく君だ!)

俺は思わず、車中なのに手を振ってしまった。君も気づいたのか手を振る。

前で車を停める、柄にもなく車を降りて

「おはようございます」

といつものように挨拶した。

「おはようございます。って嫌だわ会社みたいに、ふふ」

と笑った。

「あっああ…」

俺は照れながら、頭をかいた。君はサーモーンピンクのカーディガン。白の多分、キャミソールかな?それにデニムのレギンス。

を着ていた。

(私服は更に可愛いい…)

俺は照れて更に緊張してしまった。

「さあ、乗って、気をつけてね」

助手席のドアを開ける。

「お邪魔します。あっその前にこの荷物を後ろに置いていいかしら?」

「どうぞ」

俺は後部座席のドアを開け、君の持っている荷物を座席に置いた。

そして、君は車に乗り込んだ。俺も運転席に乗って発進させる。

(夢にまでみた君が隣にいる…)

いや、会社でもいつも、隣りにいるのだがふたりきりの車中なんて、想像できなかった。

「素敵な車ね」

「あっああ?兄貴が四駆の車で、めちゃカッコよくて憧れてたから同じような車にしちゃったんだ。」

「へぇー」

「免許までは、親が取らせてくれたけど

”大学行くから、車は自分で買いな”

って言われてたから。もう高校時代からバイトしてお金を貯めたよ」

「あら!凄いわ」

「そんなにでも…」


海までの道のりは結構長い、心配していたが君はいろいろ喋ってくれた。俺も運転してて顔を直視してないせいか、話が弾んだ。

内容はやはり同じ会社なので、それになってしまうが、そして、俺はつい気になっていた事を聞いてしまった

「あの…なんで、知っちゃたの?その…山下さんが二股かけてるって…」

「ああ、それ?太田さんがLINEで写真を送って来たの」

(まさかの噂の震源地か!)

「写真って?」

「うん、街で見かけたって、女性と二人で歩いている所、更にはホテルに入って行くとこまで…」

(そりゃ、もうストーカーでは…)

「綺麗な人だったわぁ…黒のドレスっぽい服で髪も茶色というか金髪ね。彼の好きそうなブランド品の服やアクセサリーやバッグをたくさん身につけて、私なんかとても太刀打ち出来ないと思ったわ」

「いや、もうそれ、お水の範囲でしょ?山下さんとしては、普通の君をキープしておきたかったのかな?失礼な言い方だけど…」

「私は、普通じゃないわ。両親はホームレスだったし貧乏で…あっ…」

そこで、君は黙った。

(ホームレス?)

俺は深くは聞かなかった。言いたくなさそうだし…

「両親がどうあれ、君は君じゃん」

俺はそう言った。両親なんて今の俺にはまったく問題ない。ただ、好きで好きで仕方ない君が横に居てくれるのがとにかく、俺には嬉しかった。

「うん」

君はホッとしたようだった。

「過去なんか、ほじくりくだしたら、切りがない。俺も前の職場でやらかしてるし」

「あぁ、そう言えば、貴方ってA社にいたって…」

「知ってたの?」

「あっ、うん…あなたが入社してくる前から、

”今度入って来る人、A社にいたんだって”

”そんな人がウチの会社に〜?どうしたのかしら?”

とか…評判になってたから、失礼だったよね」

「いや、やらかしたのは事実だし…」

「何を…?聞いていい?」

俺は前職での話を全部、君に話した。

営業成績が良くて、天狗になってた事。

同僚から嫌われていた事。

岩下に顧客を取られた事。など

「情けないだろ?」

と少し話したのを後悔しながら聞くと

「上手くいかない事ってたくさんあるわ。私だって、自分の事を全然、山下さんに話せなくて、というか隠してたし…」

「山下さんは、聞かなかったのかい?」

「彼は自分の話ばかりだったわ」

君はクスッと笑った。

(何となく想像できる)

「それが、私にとっては好都合だったのかも…でも、いずれは話さなきゃいけないのかなって不安もあったけど、何気にそのままにしてて…ずるいわよね」

「そんな事ないさ」

そんな事より、君が同調してくれて俺はとても嬉しかった。


そして、海に着いた。あっという間の気がした。ここは、たまに釣りに来るので、だいたい、知っている。

海岸沿いの駐車場に車を停め、防波堤の階段を上がると、海が広がる。

「うわぁ綺麗ぃ!真っ青ね」

君は深呼吸をする。

「うふふ、潮の香りがするわ」

秋晴れのいい天気だ。今日は束ねてない君の長くて少し茶色の髪が光に透けて風になびく、それに俺は見とれてしまった。

「あっ私、お弁当を作ってきたのよ、食べる?」

「そりゃ、嬉しいな。お腹ペコペコだ。今すぐ食べよう!」

砂浜へと繋がる階段に座って、弁当を食べることにした。

「うわ!いろいろ入ってる!」

「うふ、何だか作りすぎちゃったわ」

「おっ!玉子焼きだ。いただき」

「どうぞ」

色とりどりにぎっしり詰められた弁当におにぎり。ろくに食べていない俺は、めちゃめちゃ嬉しかった。

「玉子焼き、好きなの?」

「好きっていうか…高校ん時さ、母さんが作る弁当を持って行ってたんだけど、まさに田舎の弁当で、芋の煮っころがしとか、唐揚げ、ソーセージは皮なしでとにかく茶色一色なんだ。そんな中で玉子焼きが入ってると、そこだけ黄色に輝いてて、嬉しかった覚えがある。だから、正確には、弁当に入ってる玉子焼きが好きなのかな?」

「まぁ!アハハ」

「君の弁当は色とりどりで、綺麗だけどね」

「玉子焼きのお味はどうでした?」

かしこまった口調で君が聞く。

「最高に上手い!」

ほんとに美味しかった。他のおかずも美味しくて

(料理上手なんだな)

更に君への想いが加速する。


弁当を食べて、ひと休みのお茶をすると、君が待ちきれないように

「波打ち際まで行きたいわ。でも…」

足元を見て言う

「どうしたの?」

「サンダルだと、足が砂だらけになっちゃう」

「そういうの、苦手?」

「ううん、車とか汚しちゃ悪いかな…って、私もスニーカーにすれば良かったわ、砂って中々取れないのよね…」

困った顔をして君は言う。俺は笑って

「そんな事か?気にしなくてもいいのに!ここは、ちょっと行くと足を洗う所もあるし…第一スニーカーのが、砂が入ると後でザラザラして気持ち悪くて厄介だよ。」

「そお…?」

「あっ俺、スニーカー抜いじゃお!」

そう言って、スニーカーと靴下を脱いで靴下を靴に突っ込んだ。

「私も、サンダル脱いじゃおうかしら?」

「いいね!そうしなよ」

「うん」

君はサンダルを脱ぎ、二人とも素足で砂浜に立った。

「キャーあつぅい!」

晴天の太陽に焼かれた砂は熱々だった。

「大丈夫かい?」

「うん、大丈夫!」

「波打ち際まで急ごう!」

俺は彼女の手を取り、走り出した。君は

「キャーキャー」

はしゃぎながら、俺に手を引かれて着いてきた。

砂が湿っている所まできて、手を離した。君はすぐに、海水に足を浸しに行く

「つめたぁい!きっもちいいー!」

屈託のない笑顔で嬉しそうに俺を見る。


それからは、砂を掘って山を作ってみたり、波打ち際で押しあったり、二人して目一杯、子どもの様に遊んだ。はたから見たら、恋人同士にしか見えないだろう。

”互いの気持ちは通じ合ってる”

そんな、確信に近い気持ちもあったが、後、少し、1cmの距離が縮められない。何となく触れ合う事は出来ても、手を繋いだりする事は、勇気が出せない。

「君が好きだ、付き合って欲しい」

そう言いたくても、もし断られたらと思うと中々口には出せない。

(次の約束もしよう。その時に…)

そう考えていた。


時間はあっという間に過ぎた。

潮が満ちてくる、

「もう、そろそろ帰ろうか?」

「…うん」

「お弁当の、お礼に帰りはご飯を食べてこ」

「ええ」

「ファミレスでいいかい?」

「ええ、いいわ!」

笑顔で答えくれる。

俺達は、足を洗って車に乗り、帰途へと向かった。