第10話 再び海へ

 適当なファミレスに入って食事をした。ドリンクバーを頼み、お茶をしながら、また、いろんな話をしてた。俺としては、やはり告白したい気持ちなのと、君と居たい気持ちでいっぱいだった。

「今頃、もう海は真っ暗ね…」

「そうだね」

「私ね。夜の海が怖いのよ」

「なんで?」

「パパが生きてる頃、一度だけ家族旅行で海に来たことがあったの。

「うんうん」

「家族旅行なんて、初めてで海も初めてで、嬉しくて、はしゃいで海に入って遊んで楽しかったわ」

「夜は海沿いの旅館で宿泊で、それも初めてであまりに、興奮するからパパもママも呆れてて、でも、なんか二人とも嬉しそうで…とにかく楽しかったのを覚えてる」

君は、そこで一息つく

「それでね、ご飯を食べて部屋に戻って、カーテンを開けたのそしたら…」

君は急に暗い顔になり下を向く

「真っ黒なの…昼間、遊んだ海はどこにもなくて、真っ黒で吸い込まれそうな闇だけがそこにあったの。周りにチラチラとちっちゃな光はあったけど、海は真っ暗で何もなかったわ。怖くて怖くて、固まってたら、パパがカーテンを閉めて、

”夜は海は見えないよ。また明日遊ぼう”

そう言って、震える私を抱きしめてくれたわ」

君はぎゅっと手を握り閉めた

「その旅行の後、間もなくしてパパが亡くなって、あの、真っ黒な海がパパを連れてっちゃった気がして…今でも思い出すと怖くなるの」

「そっか…」

俺は本当に不安そうな君を見て、なんて声をかけたらいいか考えてしまった。


そして、ふとある事に気づいた

「ちょっと、ごめん」

と言って、スマホをみた。君は

「あっごめんなさい。何か用があった?遅くなっちゃったわね」

「ううん、違うんだ」

慌てて、そう言って

「もう少し、俺に付き合ってくれる?」

「ええ、いいわ」

会計を済ませ、また車に乗り込み、俺は来た道を引き返した。君は不思議そうに俺を見てたが黙っていた。間もなくして、さっきまでいた海に着いた。

車を降りて、防波堤をかけ登る。君もついてくる。

そこには、タイムリーにも満月が浮かぶ海が広がっていた。

「どう?真っ黒じゃないだろ?」

君は呆然として海を眺めていた。

「どう?やっぱり怖い?」

心配で覗き込んで聞いてみた

「……ううん、大丈夫」

「真っ黒じゃない!凄く凄く綺麗だわ…」

月明かりが波に揺らされ、光り輝いて水平線まで広がっている。

月明かりが俺たちを照らす。

「俺もたまに、海で夜釣りするんだけど、こんな日が時折あるんだ。でも滅多にこんな綺麗な日はない。今は月が一番綺麗な時期でしかも、満月だ。天気もいいから、今日が最高だよ。運がいい」

「綺麗で神秘的だわ…想像した事もなかった…夜の海はいつもは、真っ暗だって…」

「昼の海はテレビや画像で、よくあるしね、夜のこんな風景を画像や写真に綺麗に撮るのは難しいからあまり見る機会もないよね」

「うん…」


君は暫く海を見ていた。そして、何故だか急に俯いて、喋りだした。

「あの…あのね…私、謝らなくちゃ…」

「えっ?」

唐突に!謝る事?何かした?もしかして、付き合えない?って事?まだ、告白もしてないけど…?

(その気にさせて、悪かった?)

って事かな?俺の心は不安でいっぱいになった。

「何を?」

と聞いた。

「あの…怒らないで。お願い。」

哀願する君に

「理由を聞かなきゃわからないよ。俺こそ、何かしちゃったのかな?」

「違うの!違うのよ!あの…この間、山下さんから、メモを渡された時…」

思いも寄らぬ方向に話が向いて、俺は何が何だかわからなかった。

「メモを渡された時?」

「うん、私…その賭っていうか…そう、しちゃったの」

「賭?はぁ?」

「貴方が待ち合わせ場所に来てくれないかなって…給湯室に来てくれた時みたいに、私を助けに来てくれないかなって…」

「あぁ…」

俺は拍子抜けした様な、まだよく意味がわからないような複雑な気持ちだった。

「私、泣いて泣いて山下さんを忘れられたって言ったけど、それだけじゃないの。その…あの日から、貴方の事が気になって、ずっと……。触れられた時の暖かさや、その時にとても安心したような気持ちが忘れられなくて…」

そう言われると俺も変だと思った…普段は几帳面な君がメモを机の上に置きっぱなしにして、どこかに行くなんて…心のどこかで、

”君が呼んでるって”

ほんの少ぉし、心の底で思ったのかもしれない

「それに、俺は引っかかっちゃった訳?」

「あっ、そんなつもりじゃ…」

「で、賭けには勝ったの?」

「わからないわ…」

君は泣きそうに俯いた。

「いいよ、君に勝たせてあげる」

俺は手を伸ばし、君を抱きしめた。そして、

「好きだよ。付き合って欲しい」

とようやく告げた

「これで、君の勝ち?」

「うん…そうみたい…」

君は少し鼻声混じりの嬉しそうな声で返事をした。

そして、俺の背中に手をまわし、二人は抱きしめ合った。

海風に吹かれた君の体は冷えきっていた。俺は暖めるように更にぎゅっと力を込めて君を抱きしめた。

そして、手を頬にあてて、月明かりに照らされる君の顔を見る。

ひとつひとつ親指でなぞる。大好きな君の顔を見つめながら…眉、耳、今にも涙がこぼれそうな瞳、鼻、


唇に…


そして、その唇にそっとキスをすると

また、冷えきった君の体はをギュッと抱きしめた。

月明かりの中、やっとひとつの影になれた。

初秋の海風は随分冷たくなっていた。俺は君の顔を見て

「もう、帰ろうか?」

「うん、でも…」

君は名残惜しそうに、海を見る。

「また、来よう。もう少し厚着をして、こんな天気のいい満月の夜に」

「うん、約束よ」

「約束する」

二人して手を繋いで車に戻った。


 気持ちが伝わって、離れたくないと感じた俺達は海辺のホテルを探して入った。

俺がシャワーを浴びて出てくると、先にシャワーを浴びてガウンに着替えた君がソファにちっちゃく座って俯いていた。俺は目の前にかがんで座って君の顔を覗き込んだ。

「ちょっと…早すぎるかな?」

「ちっ違うの、その…私…経験ないの…」

「…初めてって事?」

「……うん」

「山下さんとも?」

「うん…他に付き合った人もいたけど、そんな風にはならなくて…」

「君が怖いなら、俺は待つよ」

「そんなんじゃないの。貴方なら貴方ならいいの…ただ、この年で何も無いなんて、恥ずかしくて…」

俺は少し笑って、そのまま君を抱き上げた。

「キャッ」

君は、びっくりして俺の頭にしがみつく、そのままベッドに下ろすと。キスして

「俺はめちゃめちゃ嬉しい…」

(誰にも触れられたくない、触らせたくない、俺だけの君にしたい…)

「貴方の事が大好きなの…」

君はちっちゃな声で耳元で囁いた。

「俺も…」